2010年12月29日水曜日

左No



クリスマスも終わり、今年も残すところわずかとなりました。我が村では、村に帰省・里帰りした人々であふれかえり、おそらく人口が一時的に2倍超まで膨れ上がっていると思います。学校も休みだし、皆家族団欒の時を過ごしているので、最近は仕事という仕事はたまにある書類作りぐらいなもんで、のんびりしています。

のんびりしながら感じることは、村に来てからというもの、情報のインプット量とアウトプット量が著しく少なくなったということ。ネットはつながらないし、テレビは元々あまり見ないんですが意識的に見ようとしてもほぼスペイン語とポルトガル語のチャンネルがほぼ一つずつしか映らない。村に来る卸業者に新聞を定期的に買ってきてもらうも、まだ半分も理解できない。そして、論理的に物事を考える機会も激減した。かろうじて、来年の計画書を自分なりに作成するにあたって、問題点の洗い出しと今年の活動の棚卸しをした程度。後は村人と何気ない日常会話をするくらい。

日々、次から次へと問題が降ってきて、達成できない目標を達成するために左脳をフル回転させていたのが懐かしすぎる。結局、最終的には自分次第なんですが、もっと苦悩したい・・・。やはりMか。

ちなみに写真は直売所で販売されている子豚の肉です。お祝い事があるときは子豚の丸焼きをすることがよくあります。

2010年12月15日水曜日

寒っ

今年の夏は雨が多いようで、最近毎週のように雨が降っています。雨が降ると気温がぐっと下がります。昨日は、何も着ないで寝ていても、汗をかき、暑さで起きる始末でしたが、今日は毛布が必要で、さらに吐く息も白い。空もさっきまで晴れていたかと思うと、ものの30分でいきなり曇ってきて風が強くなったりして、常に季節の変わり目にいるみたい。しかし、こちらの人は慣れているらしく、日中の気温が35℃あった日の翌日に20℃くらいまで下がっても、しっかりとジャケットを着込み、寒さ暑さ対策はばっちり。日本でそんなに気温の変化があれば、対応しきれず、風邪を引く人が多いだろうに。

涼しいほうが過ごしやすいですが、蜂にとっては暑いほうがよく働くので、雨続きの今年は不作になりそうです。畑にとってはいい雨のようで、大豆は豊作になりそうですが。養蜂をやることによって、雨の多い年は農作物で、日照りの続く年は蜂蜜でリスクヘッジになるのかと思います。

2010年12月13日月曜日

真夏のXマス



そろそろクリスマスで、日本のニュースをチェックするとクリスマス商戦が始まっている。こちらでもクリスマスなので、クリスマスツリーやクリスマスのデコレーションがそこらへんで見られる。カトリックのお国柄なので、クリスマスは重要なイベントなわけです。が、クリスマスという感じが全然しない。当たり前ですが、パラグアイは南半球に位置するので今は夏。とりわけ12月1月は年間で一番暑いらしい。南半球でクリスマスを迎えるのは初めてなので、Tシャツすら暑くて着ていられないのにクリスマス、というのは変な感じだ。あのインドですら、12月といったらある程度気温が低くなって年越しだったのに。さらに、日系移住地では、日本語学校の高校生が主体になって盆踊りまで開かれていて、気分はまさにお盆。年越しは寝苦しい夜が続きそうだ。

8日は、カトリック教の祭日で、首都から近隣の教会まで歩きました。しめて55km程度でしたが、もっと遠くから歩いてくる人もいるらしく、パラグアイ国内ではカトリック教最大の行事です。

2010年12月7日火曜日

イグアスの滝



パラグアイに入ってから8ヶ月が経ちましたが、初めてパラグアイの外に出ました。というのも、いちおう政府関係者なので国の外に出る手続きが以外に面倒くさい。車で一時間半ぐらいのところに、世界で最もスケールの大きい3つの滝のうちの1つであるイグアスの滝があり、そこに行ってきました。「イグアス」という名前は、パラグアイの先住民族の言語であるグアラニ語で、「大いなる水」という意味であるように、元々パラグアイの領土だったのですが、戦争によって失い、現在はブラジルとアルゼンチンの国境沿いにあります。なので、一日目はブラジル側でボートに乗り、二日目はアルゼンチン側から見ました。アルゼンチン側には「悪魔の喉笛」という場所があり、すごいの一言につきる。やっぱり、人間の創造物は大自然にはかなわない。世界七不思議の一つであるタージ・マハールなんて全然たいした事なかったけど、グランド・キャニオンといい、このイグアスの滝といい、まさに圧巻。よくもまあこんなに集中的に落差ができたもんだ、ってもんだ。雨ががんがん降っていたので、観光日和ではなかったですが、おかげで水量も多く、ド迫力でした。

一種のテーマパークのような作りになっているのですが、ブラジル側もアルゼンチン側も全世界から観光客が来て、滝のごとくお金を落としていくので、これがパラグアイにあったらまたパラグアイの経済も変わっていたのかもしれません。

ちなみに現在の世界七不思議は2007年に決められたそうで、2011年に改めて選出される予定で261箇所が立候補しているとのことです。(ウィキペディア談)

2010年11月20日土曜日

Karate

足の調子が悪くてしばらく延期していましたが、今週空手の授業を始めました。と言っても、大学の時に一年半空手をやっただけなので、技術的にはたいしたことは教えられません。暴力的なことを教えないでくれ、とPTAから苦情が来るかもしれません。しかし、特に子供たちには、空手を通して精神的なものを学んでもらえたら、と思います。

まず、細部までこだわり、技術向上のために努力すること。基本的な突きと蹴りは、大して種類があるわけではないのですぐに覚えられます。しかし、いかに完璧に近づけていくか。細かいところまで追求するか。それによって、少しずつ技術が向上していくのです。3段になっても5段になっても、基礎の練習を欠かさない意味を知って欲しい。現実世界に出て働くときも、最初から順風満々でいくわけがない。現状維持は衰退につながり、他人と自分を差別化することによって付加価値がつく。しかしながら、自分と同じような技術・経験を持った人はたくさんいる。その中で、差別化していくには本当に細かい部分、100あるうちの1かもしれない。それを怠らずにできるかどうか、で決まってくるケースが多い。
 

次に、規律。練習を始めるとき、終わるとき、礼をする。練習をするために一列に並ぶ。練習の合間にうろちょろしない。カウントに合わせてストレッチをする。日本では当たり前のことですが、これが以外に難しい。通常の授業でも、教室への出入りは自由、席から立ち上がり友達にちょっかいをだすのは普通。そんな自由な環境で育つせいか、村の中には組織が作られては消滅し、結局、個人の限られたキャパシティの中でしか成長できない。

そして、集中力。上記と同じ理由で、すぐおしゃべりをする。すぐ友達とじゃれあう。練習をしていく中で、間髪をいれずに次から次へと練習メニューを組み込み、その中で、練習に集中させたい。高校へ進学する生徒が多いようなので、一定時間集中して勉強する力を身につけて欲しい。

まだまだありますが、村で暮らしていて感じるのは、中長期的に見て、収入を向上させるにあたって必要なものは技術ではなくて、意識を変えること。ロバート・キヨサキやマイケル・ボルダックではありませんが、精神的な部分が人生を形作っている部分が大きい。だから、高価な設備を投入する「箱物の援助」はたいていうまくいかない。ただ、自分自身もそうだが、意識を変えるのは難しい。だから意識を少しずつ段階を踏んで変えていくツールとして技術投入と組織化を行う。人生これからの若者たちには、技術よりも精神性を育くんでもらいたいと思います。偉そうな事をほざいてしまいましたが、自分も一緒に学びたいと思います。

2010年11月9日火曜日

馬遺苦



6月末に125ccブラジル製ヤマハのバイクが来てからというもの、自分でかなりいじりました。日本ではスクーターすら乗ったこともなく、教習所では無免のはずのやんちゃな10代に周回遅れにされそうになりましたが、そうは言ってられません。修理工も20kmくらい行かないとないし、預けるのはいいけど、村行きのバスは1日2便しかなく、さらに故障して運行していないことの方が多い。バイクに詳しい友達にいろいろと電話で教えてもらい、調整していました。部品もいろいろと交換しましたが、次々と問題が発生するので、ついに交換となりました。

再び125ccヤマハ。到着したバイクのエンジンを始動させると、虫の息。すぐ止まりそう。今日は雨ということもあり、午前中はバイクの調整をしました。まず、チェーン。乾ききってるし、さらに伸びきってる。オイルを塗って、さらにチェーンを締めました。そして、次はエアーフィルター。一本のねじがのねじ山が完全に潰れてましたが、ドライバーなしで手で開けられました(!)。そして、エアーフィルターを洗剤をつけて洗い、陰干し。その後、キャブレターを開けて中を掃除。キャブレターを固定している部品が一本わけのわからないプラスチックで、全く機能していないのにびっくり。また、ガソリンタンクのコンクを止めているのにもかかわらず、ガソリンがもれてくるというアクシデントに見舞われながら、二回目で完了。バッテリーも蒸留水が全然入ってませんが、蒸留水は市街地に行かないとないので、パス。オイルを確認すると、これも半分くらいしか入ってなかったので、ついでに全部交換。

と、できることは一通りやりましたが、キャブレターのガソリンの配給量を調整するネジが硬すぎて、調整できませんでした。そして、ガソリンタンクの中がさびてるし。現状、125ccなのに時速60km以上は出ません。ついでに前ブレーキのレバーが折れてるし。いっそのこと、移動は馬でいいんじゃねえか。そんなバイクで両側延々と南米の畑の道を走っていると、チェゲバラのモーターサイクルダイアリーを連想させます。

2010年11月4日木曜日

村人の夢

夕方に家に帰ると近所のおっさんが遊びに来ていたので、お茶をしながら、政治の話などをしました。市長選挙が近いので、今の話題は大方選挙です。代々赤党が市長を選出してきたわけですが、大きなお金が動く一方で多少なりともポケットにお金を入れていて、だから予算が足りないんだ、と嘆いていました。話題は、近所の住民組織に移り、政府の支援を受けるのはいつもその組織である一方で、目先の事ばかりで長期的な視点で計画を立て、実行していくことがない、とのこと。その住民組織は村で一番古い組織で、さまざまな問題を抱えつつもやってきていて、周りの人間から見れば、僻みもありつつ、外から見ている分問題がクリアに見えてくるのかもしれません。そのおっさんもその住民組織に所属していたが、発展していく望みがないので辞めたとのこと。

住民組織に関わらず、パラグアイの組織は、とにかく組織力、運営力に欠けるということで、J○CAも、支援内容の三本柱にその改善を掲げるほど。結局、いい意味では強欲ではなく、悪い意味では成長意欲に欠けるお国柄のせいか、組織として大きな目標を達成するために、意見を一致させて前に進むということができない。

そのおっさん、最後に、「この村には農協が必要だ」と熱く語って帰っていきました。日本で農協と言うと、あるのが当たり前のような存在ですが、パラグアイでは農協がかなりの力を持っていて、その横のつながりを利用するためには農協を設立しなければならない。一方で、政府に認定された農協を設立するためにはさまざまなハードルがあるようだ。

2010年10月30日土曜日

ヘビ

夜な夜なと言っても8時くらいですが小学校の校長先生から電話がかかってきました。校長と言っても、ファーストネームで呼んでいるし、どちらかというと近所の友達みたいな感じ。「近所の家で夕飯を食おう」ということで、特にやる事もなかったので、その近所の家に行きました。すると何故か他の近所の人も集まっていて、アサド(焼肉)でもやるのかな、と思ったら、「これを見ろ」というので、そちらを見ると、蛇の死体でした。しかも、けっこうでかい。巻尺で計ると全長1m20cm。蛇はよく出るらしいが、このサイズはあまり見かけないという事で、近所の人も見にきてたみたい。というか、家の人、近所の人にかたっぱしから電話してんじゃん。なんでも、子供が川の近くに行った時に見つけて、父ちゃんが殺したとのこと。

家に帰って、家の人に話をすると、「ああ、この辺りじゃ、よく蛇の毒で人が死ぬからな」って、そんなあっさりと言うことじゃないでしょ。しかも、「その蛇は、黒だった?黄色だった?」え、黄色の蛇もいるの?いや~気持ち悪い限りです。今後は、畑や林に入る時は、ビーサンではなく、長靴をしっかりと履きたいと思います。熱帯地域の夏は、蛇に限らず、いろんなグロテスクな生物がいるので嫌です。

翌日、解体後の蛇を思わず記念撮影。



おれも捕獲してないのに記念撮影。

2010年10月19日火曜日

南米フットサル大会

日曜日に資金集めのために中学3年生主催のフットサル大会がありました。午後一時からと言うので、1時15分くらいに行ってみると、いるのは中学3年生だけ。結局始まったのは2時過ぎで、始まった時には2チームしかいなかったのに、ポツポツと人が増え、4時5時には6チームくらいできる程度人が集まりました。隣の村からも人が来ていたので、普段道を歩いている人もまばらな村で大勢の人が集まるイベントになりました。PTAの力が強いのと、夜は外を出歩かないので、普段お祭り騒ぎは少ないですが、もっとやればいいのに、と思った今日このごろでした。

カメラを持っていくと試合中になくなる可能性があるので、写真をアップできないのが残念。

2010年10月15日金曜日

泣きっ面に蜜蜂

テンション上げ上げで捕まえた蜂の巣が、一晩にして蟻に全部やられました。養蜂の一番の大敵は蟻。全長1.5cm程度ある蟻が、夜な夜な侵入すると、蜂は全部逃げてしまいます。そして、蟻のにおいが残っていると蜂が嫌がるので、洗うために箱をバイクで運んでいたら、タイヤがパンクしました。

でも、午後から講習会だったので、バイクは家に放置し、講習会へ。比較的参加率はいいものの、自分の蜂の箱を見終わると帰ってしまうので、全然技術学べないじゃん。ということで、今週一度生産者を集めて、説教したいと思います。今まで、自然に放置した蜂の巣から蜂蜜を取っていた人々にとってみれば、そんなに世話しなくてもいけるでしょう、となめてかかっていると思います。ただ、一部の生産者は、既に苦労しているようで、徐々に生産性を上げる難しさを分かりつつあるんだと思います。

2010年10月12日火曜日

捕まった

今日は、木にある蜂の巣を箱へ移す作業をする約束をしていましたが、木を切るためのチェーンソーが修理に出したまま、ということでその作業はやりませんでした。仕方がないので、自分が村の端っこの林に仕掛けた罠を見に行く事にしました。

ミツバチの巣には、どんなに働き蜂が多くても、女王蜂は一匹しか住めません。新しい女王蜂が生まれると、働き蜂を引き連れて、適当な場所へ飛んでいきます。その通り道に、蜂の巣の元となるパネルを入れた箱を仕掛けておいて、箱に蜂を呼び込む、というのが罠です。といっても、日本のウェブサイトで調べたところ、罠にかかる確率は10%くらいで、普通は蜂の群れを業者から買うのが一般的。なので、あまり期待はしていなかったのですが、見事に入ってました。しかも気持ち悪いくらいたんまりと。4週間ぐらいいろいろな場所に設置して試していたので、テンション上げ上げで思わず3キロくらいある道のりをバイクで3往復もしてしまいました。もちろん用事があってですが、村人からしてみれば、行ったり来たりしている日本人の行動は不思議に思った事でしょう。

2010年10月9日土曜日

お国事情

パラグアイには「テレレ」という、茶葉を真水で濾して、回し飲みする文化がある。身分や地位に関係なく、輪になって、一本のストローで飲む。真水で濾すテレレは、基本的にパラグアイにしか存在しない。その理由を個人の独断と偏見で検討してみたい。

まず、日本人がテレレをするとどうなるか。日本人がテレレをすると、自分の番が来ると、他人に迷惑をかけないように、早く飲んで回すので、水がすぐなくなってしまう。よってテレレはない。

韓国人がテレレをするとどうなるか。韓国人がテレレをすると、自分の時だけ量が少ないと言って怒る人が出てきて、騒ぎ立てる。よってテレレはない。

アメリカ人がテレレをするとどうなるか。アメリカ人がテレレをすると、科学的なテレレの効用を討論し始め、しまいには、生産性が欠如し経済活動の妨げになる、と言って一回で終わる。よってテレレはない。

ロシア人がテレレをするとどうなるか。一周回すと、いつの間にか誰かがウォッカを取り出してきて、ウォッカを回し始め、テレレは横に置かれてしまう。よってテレレはない。

ブラジル人がテレレをするとどうなるか。男が女を口説き始めて、終いには立ち去ってしまう。よってテレレはない。

インド人がテレレをするとどうなるか。カースト制度の身分の違いはなんとか乗り越えられるが、砂糖が足りない、といってテレレに砂糖を足して、他の飲み物にしてしまう。よってテレレはない。

と、沈没するボートの話になぞらえて勝手に書きましたが、ただのユーモアなので、悪しからずご了承ください。


一週間ぶりにネットを使ったら、ドルが81円台になっててドン引きしてしまいました。

2010年10月5日火曜日

また雨

昨日は久々に一日中雨が降った。午前中は、養蜂の手伝いをして、午後は何もせず。農家がほとんどなので、雨が降ると、本当に何もしません。普段、仕事ばかりで奥さんの相手をしていない旦那にとっては家族サービスの日です。

何もやることがなくて、悩んでいる村人は自分だけ、ということが分かってから、雨降って何もできない時はそれなりに開き直って、本読んだり、DVDを見たりと、時間の使い方が分かってきました。

それにしても、雨降ったときにできる仕事、村の奥様方が家事の合間にできる仕事があれば、けっこういけると思うなあ。

2010年10月1日金曜日

体力



20代中盤の頃によく、「何もやっていないと27,8歳でガクッと体力の衰えを感じるよ」ということを言われていました。日本にいるときは、比較的運動が好きで、ジム好きの自分には無縁かと思っていましたが、任地に入ってからというもの、時々サッカーやるくらいで全然運動してません。それに伴って、体力の衰えは否めません。蜂を飼育するための15kg程度ある箱を移動すると次の日筋肉痛。サッカーをやっても、以前の様には足が動かない。おまけに、人の話を数時間聞き続ける耐力や夜更かしする体力の衰えも感じます。そして風邪引きました。健康あっての仕事、というよりは、体力なしにいい仕事はできないと思うので、筋トレ、走りこみをして、50歳になっても郷ひろみ並みに動けるようになろう思う今日この頃でした。

2010年9月27日月曜日

モチベーション



ブログはしばらくぶりになってしまいましたが、最近はもっぱら、養蜂をやっている人の、箱の移動や、蜂蜜の収穫を手伝っています。昨日も夕方に収穫を手伝ったのですが、以前大暴れして、牛を一頭ノックアウトした蜂の巣だったので、案の定暴れまわり、背中を2回刺されました。背中だと刺された後に、針が取れないので、ちょっと腫れました。ミツバチは、刺した後に針だけ残し、自分自身は死んでしまいます。まるで片道の燃料だけ積んで、パールハーバーに突っ込んだ旧日本軍。針からはしばらく毒が出続けるので、逆に言うと、刺された後に針を抜けば、特に跡は残りません。これで合計4回刺され、無事、致命的な蜂アレルギーがないことが証明されました。

ところで、この事業、基本的な部分はほとんど生産者の負担としています。だって、自分が金出してないのに、真面目にやれ、という方が無理でしょう。労働という時間的なコストはほぼ週30分~1時間のみ。とりわけ時間に余裕のある任地の人々にとってみれば、この労働はコストと呼ぶに値しない。であれば、金銭的なコストを背負って、うまくいかなくても試行錯誤し、簡単には諦めないだけのモチベーションがなきゃ駄目。
別にこれはパラグアイ人だからとか途上国の人間だから、という意味ではなく、日本人だって、タダでものをもらえるんだったら、気軽にもらうでしょ。そして、タダでもらったものなんて、飽きたら辞めるでしょ。根性なし、と言う人もいるだろうが、サラリーマンは雇用されていて、会社から給料をもらっているから、会社が言った仕事を拒否する権利は最終的にはなく、嫌でもやらないければいけない。個人事業主だったら、自分が投資していなくて、しかも儲からない仕事に、いつまでも関わっている暇はない。特に、資金的な余裕がないのであればあるほど。農家も個人事業主なんだから、そりゃそうだ。

といろいろ書きましたが、要は、ノーリスクハイリターンはありえないし、人間、そんな甘い汁を吸うことに慣れてしまったら、腐るのは当然。仮に、その事業で収入が上がったとしても、基本的には国が経済成長している限り、徐々に物価は上がり続けるわけであって、いたちごっこなんだから、結局、自分たちで這い上がる術というか習慣を身につけないと、上がった収入分なんて物価上昇にすぐ吸収されてしまって、また同じ状態になる。大阪の知事ではないけども、結局、今の世の中、競争社会で成り立っているわけで、身近で競争がないように見えても、一歩外に出れば、競走に巻き込まれてしまう。

というわけで、外国から来た現地語もままならない若造ですが、ファイナンスしているという配属先の立場を利用して、うまく組織を作り上げていきたいと思います。

2010年9月23日木曜日

西語で英語

まだまだ時間の余裕があり、英語を教えてくれ、という人が多いので、学校で英語の授業を始めました。活動の一環というよりは、最近、付き合いが養蜂関係者に偏っていたので、人の輪を広げるのにちょうどいいかなと。

初授業の日は、お昼ごろまでどしゃぶりで、雨が降ると基本的に人は来ないので、雨が止んだとはいえ、参加者は大人3人、中学生2人でした。中学生に対しても2年生にしか知らせなかったので、次回の授業までに、1年生、3年生にも知らせる予定です。ちなみに、パラグアイでは、高校から英語の授業が始まります。

大学にいたときは、大学構内や高校で、バイトの個人講師をしていましたが、授業形式で教えるのは初めてです。ましてや中学生相手になると騒がしくなるかな、と思っていましたが、なかなか静かで、興味を持っていました。

語学は基本的に暗記という単純作業が大部分だと思うので、自分はあまり好きじゃないですが、ゆっくりとしたペースで繰り返し勉強した事をしゃべって、抵抗をなくすようにしたいと思います。しかも授業についていけなくなると、授業に行きたくなくなり、トイレに蚊取り線香に爆竹を取り付けて時間差で鳴らすような悪さをして、ストレスを解消したくなる気持ちも分かるので、そうならないように配慮します。それで飽きたら仕方ない。

2010年9月6日月曜日

ボリビア祭り


この間、ボリビアの祭りがありました。首都の中心地の近くであったけど、規模はそんなに大きくなく、見せる、というよりは、ボリビア人が楽しむためのものといった感じで、見物客もボリビアっぽい人が多かった。華やかな衣装を着て、ボリビアの文化が見れたけど、一部、思わず突っ込んでしまいたくなる場面があった。


かわいいの?ビビらせようとしているの?


気合入れすぎでしょ


8時だよ全員集合!?


ビール片手にトランペット吹いちゃいかんでしょ


わかめちゃん顔負け

video
ライオンキングいけるでしょう

ボリビアに行きたくなりました。高山病が怖いけど・・・。

2010年8月28日土曜日

資本主義経済



怒涛の4日間の市街地での展示会が終わりました。朝8:30~夜10:30くらいが4日続いたので、疲れました。最終日打ち上げのために展示会内のレストランに行ったら、ウェイターが完全に疲れてて、注文にも反応なし、注文したものが来ない、など対応が散々過ぎて逆に笑えた。そして、久々に村に戻ると、家の猫が子供を生んでいて、(たぶん)鶏や犬、ガチョウから守るために、洗濯機の中に保護されていました(笑)。村に戻って、養蜂の準備のために巡回して、健康診断のためにまた首都に上がってきました。

いろいろとやっていてもルーチンワークがないので、時間がたっぷりあり、そうすると考える時間が長い。来た当初は、なんだかんだいっても、収入を上げることによって、可処分所得が増え、各世帯で、医療、教育など包括的な改善が行える、と考えていた。だから、市場へのアクセスもあり、何も世話しなくても村中でなっている、オレンジ、みかん、キャッサバ、とうもろこし、などの農作物を、どうして販売しないのか、理解できなかった。別に、自分で売りに行かなくても、毎週市場に行っている村人に販売すれば、少ない労力で、収入になるのにも関わらず。

しかし、村人と生活し、話をし、本を読むことによって、若干考え方が変わってきた。彼らは、村で住むことを選択した。村内での仕事は限られているが、近隣都市(エステ市)、ブエノスアイレス、サンパウロ、スペイン、などで働くという選択肢を持ち合わせている。そうすれば、所得も増え、より物質的に豊かな生活を送る事は可能になる。しかし、所得が増える一方で、支出も高く、その分、一定の生活水準を保てなくなるリスクも高い。加えて、治安、自然環境の側面では、圧倒的に村の方が優れている。家族とともに食卓を囲み、助け合いながら生きていける。

村内では、金銭的なやりとりは減るので、当然所得が下がり=貧しい、という定義に当てはまるのかもしれない。実際に、村人が、「自分たち、貧しい人間は・・・」、と会話の中で普通に言うのには、最初は驚いた。日本人の感覚からしたら、たとえ貧しくても、恥があり、自分で自分のことを貧しい、と言ったりしないだろう。しかし、上水道設備を運営するために有志で委員会ができたり、村の狭い道をトラックがけたたましく通り子供たちの通学に支障が出るようであれば、村人が重機を運転して、道を広げたり、隣人が病気ならば、トラックを走らせたり、といったふうに、見えないセーフティーネットが存在している。村の中は、きわめて治安がよく、皆、村の中の人間で気をつけたほうがいい奴はいない、と言う。

よっぽど、都市部で、何かあっても他人の振りで、頼れる人間はごくわずか、という環境よりも、安定しているのではないか。逆に、村内で所得を上げるために、経済活動を促進し、より多くのお金が回るようにすれば、村の中で格差が広がり、結果として村内の秩序が乱れる恐れが生じる。人は、貧しいから犯罪を犯すのではなく、妬みや不満から犯罪を犯す。

だからといって、100世帯程度の村の中だけで、全てを完結させることは不可能であって、贅沢品はともかくとしても、教育や医療にアクセスするためには金が必要。なので、生活を劇的に変化させず、村人が望むレベルで、収入を向上させられるプロジェクトを組んでいこうと思う。そして、収入以外にも、外からの情報が乏しいこの村で、所得以外の部分でも、生活改善となる啓蒙活動をしていきたい。

2010年8月20日金曜日

遠吠え

今週は市街地で農業関連製品の展示会(EXPO)をやっています。といっても、農業関連製品の展示は3分の1以下で、その他に、アクセサリーや飲食物を販売していたり、ステージでコンサートがあったりと、展示会というよりは祭り騒ぎ。平日は、日中こそ閑散としているものの、夜になると家族連れやカップルが出没し、とても賑やか。さらに日系移住地なので、昨晩の夕食は手打ちうどんと焼き鳥とパラグアイのビールでした。

自分の配属先も、小農が生産物を販売したり、今までのプロジェクトを展示したりしているので、どうやら展示会の間は村に帰りそうにないです。今月は、所用で首都に出る用事があったり、村を離れていることが多い。久々に村に帰ると、近所の家で食事に誘ってもらったりして過ごしてます。こっちでは、ほぼ自給自足なせいか、めっちゃ気軽に近所の家に、一緒に食事をしよう、と呼ばれます。この前は、プロジェクトを一緒にやっている人の家に誘われ、電球一個の屋外で、家の人が釣ってきた魚を薪の釜で揚げて、犬の遠吠えしか聞こえない星空の下、食事をしてきました。自分は、情報と選択肢の多い都会暮らしの方が性に合っているけど、こういうのどかな暮らしを選ぶ気持ちもよく分かるわ。それを踏まえた上で、活動をしてかなきゃいかんな、と思いながら帰路につきましたとさ。

2010年8月4日水曜日

入植50周年

 自分がいるイグアス移住地以外にも、日系の移住地があって、ピラポという南部の移住地が移住50周年で記念イベントがあり、行ってきました。別に呼ばれたわけではありませんが、勝手に行ってきました。
 日曜日は、パラグアイ、ブラジル、アルゼンチン、岩手県(岩手県出身の日系人が多いため)からお相撲さんが来て試合をしました。お相撲さんといっても、

2010年7月31日土曜日

インフルエンザ大流行



学校は、冬休みがあけ、今週から始まる予定でしたが、H1N1インフルエンザが流行しているので、公立の学校は今週も休みになりました。テレビでは毎日のようにインフルエンザ関連のニュースが流れていて、感染者は増え、ワクチンは足りない状態のようです。
が、自分のいる村でインフルエンザにかかっている人を見たことがありません。巡回していてもみんな元気。現地の人いわく、「オレンジとみかんからビタミンCをとっているから、インフルエンザにかからないんだよ」ということです。確かに、僕も日本で働いていた時に、風邪っぽかったら、がんがんビタミンCを摂取して乗り切っていました。しかも、みかんやオレンジの筋には、ファイトケミカルの一種が含まれていて、ビタミンCの吸収を助ける効果があります。
この村はそこら中にオレンジとみかんがなっていて、食べるだけでなく、絞って天然のジュースをつくったりしています。来た当初は、こんなにあまっているなら売ればいいのに、と思ってしまうほど、大量に見かけました。おまけに、睡眠時間も長いし、人混みとは無縁のこの村にインフルエンザは無縁なのかもしれません。
写真は、市長選の自由党の候補の方です。背景のパラグアイの国旗以外は、日本のサラリーマンと変わらないでしょ。政治は、自分たちの暮らしに大きく影響するので、こっちの人たちは市長選でも、日本とは比べものにならないくらい政治に関心を持っています。

2010年7月29日木曜日

アビスパ



 今までろくに仕事の事を書いてなかったので、たまには仕事の話をしようと思います。小農の所得向上支援の一環として21日(水)に養蜂の講習会を開きました。といっても、パラグアイに来る前は、養蜂(ようほう)の読み方も知らなかったし、蜂蜜なんてスーパーで陳列されてるのしか見た事ありませんでした。しいて言うなら、子供の頃、じいちゃんばあちゃんの家で蜂にさされて、傷口に小便をかけた・・・わけではなく、キンカンを塗った経験くらい。
なので、自分が技術指導をするわけではありません。国立大学から養蜂技師を講師に招き、養蜂の講習会を行いました。所属機関が支援するもう一つの地域では、数年前から養蜂に関する支援が行われています。今回、同様に自分の任地での支援を開始しました。元々、日本政府の小農支援プロジェクトでも以前、養蜂があったので、参考材料の多い事業です。
 話は戻って、任地では、近隣にパラグアイ国内で第二の大きな市場があります。よって、交通の便が悪いながら、販売に困っているということはないように見受けられます。しかしながら、生産物が限られているため、村内に収入源が少ないのが現状です。既に養蜂に従事している住民も少数居ますが、昔ながらの生産性の低い方法で行っており、蟻の被害も深刻です。一方で、蜂蜜は、需要が高く、従って、製品の販売がしやすい製品です。また、養蜂は、ノウハウと器具が揃っていれば、仕事量も比較的少なくて済むので、他の仕事をしながら続けやすい事業でもあります。よって、生活に大きな負担を与えることなく、生産性を上げ、品質を向上させるによって、村内の収入源を増やす事を目的としています。
 講習会では、飼育方法の概要と必要な心構えなどを技師に説明してもらいました。生産に興味がありながらも技術が不足していた住民の反応はよく、是非講習会を続けて欲しい、という意見が大半でした。技術指導と効果的な生産・販売をしていくために、住民と話し合い、組織の結成と、持続して生産活動に従事できる仕組み作りをしています。
 当面の課題としては、技術指導に従って、ちゃんと仕事をするか(特にコストのかかる作業)。そして、組織として、メンバーが同意し、持続可能な決まりごとを作成し、それを守っていけるか、ということです。この辺りは、草の根支援の意義を問われるところです。
 一方で、個人的な課題としては当面グアラニ語(現地語)の習得です。会議の最中にぽろっとこぼす住民のコメントに、その人の人間性だとか興味の程を感じ取れる手がかりがあると思いますが、それが分からないのはけっこう痛い。今のところわずかな単語しか聞き取れません(泣)

2010年7月19日月曜日

笑えないくらいスベる



ここ最近3週間くらい雨が降らんなあ、と思っていたら、いきなり寒くなり雨の日々が続いています。そして、亜熱帯気候でありながら、霜がおりました。パラグアイ全土で200頭の牛が死亡し、日本の新聞にも記事が載ってたみたいです。日本の冬ほどは寒くないですが、こっちは室内も外と同様に寒い。寒さから逃げるところがないのは、慣れないと、想像していた以上に体に堪える。下は、靴下2枚重ね、ハーパン、ジャージ、ジーパンの3枚重ねで乗り切ります。
それはいいとして、前も書いたけど、雨が降ると完全に村に閉じ込められます。4WDなしでは脱出できません。4WDは後輪が滑ってくるくる回りながら進み、2輪駆動車は見事にでこぼこにはまり、4WDが通るのを待つのみ。待っている間も、後ろから押して脱出を試みるものの、全然駄目。押している人も、まともに歩けないくらい地面が滑るので、まるでお笑い番組で上島竜平と出川哲朗がこけて笑いを取ろうとしているくらいスベル。
そんなことはつゆ知らず、雨が止んで一日くらいたったし、スピード出さずに行けば大丈夫だろう、と思ってバイクを走らせました。が、半分くらい行ったところで道が急に悪くなり、5回くらいこけた後に、国道近くでついに動かなくなりました。クラッチを使いすぎて、クラッチパッドがご臨終。身動きとれず、友達に救出してもらいました。いや~、あそこまでひどいとは想像を絶する。今後は雨の日はプリズン・ブレイクせずに、静かに村に留まります。

2010年7月14日水曜日

陸の孤島

日曜日は、市街地にある日系の公民館で餅つきがあった。イグアスの日系移住地は来年で入植から50年が経つが、日本文化を後世に伝えようと、ほぼ毎週のようにさまざまなイベントがある。日本にいれば、生活しているだけで、自然と日本文化に触れているが、地球の裏側ともなれば、意識的に日本文化を残していく努力をしないと、なくなってしまう。

と、真面目な話は置いといて、単純に餅が食べたいっす。めっちゃうまいとの前評判。おしるこ、あべかわ食べたいっす(ちなみに今は冬)。しかし、この餅つき、去年、前任者が雨の中、村から国道に続く土道をバイクで行き、転んで足を骨折する、というハプニングがあったらしい。そして、当日、目が覚めて窓を開けると雨。おまけに雷までなっている。うーむ。基本的に雨が降ると現地の人間でもバイクは運転しないほど危険。車も4輪駆動でないと、途中ですっぽりはまります。たとえるなら、アメリカでひそかに人気のバラエティ番組風雲たけし城状態。ただ違うのは、こけると笑えない。誰もいないので笑いも取れない。痛いだけ。完全に陸の孤島です。

ということで、日曜日は、餅に後ろ髪を引っ張られながらも、家で待機することにしました。電車で移動しながらポッドキャストを聞き、コンビニやら飲み屋やらであふれていた東京都とは違い、テレビも見ず、本もなく、インターネットもなく、外にも出れない、という環境に慣れるのに時間がかかりましたが、最近では雨が降ると、できることをやって、後は開き直ってボーっと考え事をする、という感じになってきました。こっちの人も、雨が降ると畑仕事ができなくて家にいるので、雨が降って家に居てもできる仕事でも考え出しますか。

2010年7月10日土曜日

フィエスタ



今日は村でフィエスタ(お祭り?パーティ?)がありました。出稼ぎ、学校で15歳から30歳の人口が少ないこの村で、フィエスタがあるのは本当に珍しい。ゲームをやったり、食事を売って、教会の活動資金に当てるらしい。午前中から準備をして、夜6時くらいからスタート。音楽をがんがんならしているので、300メートルくらい離れていても聞こえてきました。日本だったら間違いなくNGだし、アメリカだったら警察出てくるでしょ、って感じですが、こっちでは週末は、普通に音楽をがんがん鳴らしているので、苦情もなし。100世帯くらいしかいないし、あまりお金を使う習慣のないこの村でどのくらい来るのかと思ってみると、冬休み中ということもあり、出稼ぎや学校で村の外に出ていた若者も含め、50人以上来てました。この村であんなに人が集まったの始めてみました。食事も、街で販売しているものに引けをとらないくらいおいしかった。最近隣の村で物騒な事件もあったので、早めに帰りましたが、きっとあの後踊ったんでしょう。

昔撮った写真を見返してたら、この子、めっちゃカメラ目線でポーズ取っとるやん!ってことに気付きました。

2010年7月8日木曜日

日本敗退後



ちょっと旬を逃した感じの話題ですが、ネットが普段つながらないのでしょうがないんです。

パラグアイが日本に勝って、史上初ベスト8に進んでからというもの、テレビで毎日のように、日本戦のPKで5人目の選手がゴールを決めた瞬間が出てきます。イコール、日本の負けた瞬間を毎日のように見せられるわけであって、さすがにうんざり。勝った翌日から、ビールのコマーシャルもそのシーンを使ってます。ベスト4をかけて、スペインと対戦し負けましたが、これに伴って、首都では、警察1000人を配置し、さらに公共の場所での飲酒が禁止であることが発表されました。勝っても負けても、アドレナリンが出まくって、大騒ぎになって、暴動が起きることもあるようです。それに比べたら、道頓堀に飛び込むくらいかわいいもんでしょ。

農協では日本対パラグアイ戦のためにプロジェクターセッティングしたようです。

2010年7月2日金曜日

パラグアイサッカー



FIFAランキングでも日本よりパラグアイの方がうえなので、パラグアイの方が技術的に上なのは当たり前ですが、それでもボールのキープ力とドリブル力は日本も悩まされました。

普通の遊びのサッカーでも、ドリブルでどれだけ抜けるかを競っているような感じです。しかも、足元の技術の前にまず体を入れる。かなりピンチにならない限りパスは出しません。そして、ディフェンスはおもしろくないので、けっこう適当。攻めている時は、何人残っていても、味方の選手は一人しか残ってません。

もちろん、真剣勝負の時はまた違うでしょうが、こういうところから、Nelson Valdezのようなフィジカルに強く、ボールをキープできるFWの選手がうまれるんでしょう。あのがたい、サッカー選手じゃないでしょ。

ちなみに身の安全を考え、日本対パラグアイ戦は家で静かに見ましたが、ホストファミリーの奥さん、あまりに興味がないのか、見ながら寝てました。旦那も近くの街に行っていて、全く見てないみたいだし、こういう人もいるんだなあ。

2010年6月29日火曜日

日本戦前日



日本対パラグアイを明日にひかえて、久々に新聞を買ったところ、別紙でワールドカップ特集がついてきました。というか、特集に新聞が挟まれていて、新聞が付いてきたみたいな感じ。

岡田監督とパラグアイ代表のマルティノ監督の写真が並んでいる様をすぐに写真でアップロードできないのが、残念。さらに元パラグアイ代表正ゴールキーパーのチラベルトのインタビューまで。

一面は、ドイツ対イングランドとアルゼンチン対メキシコ戦の誤審についてでした。

明日は、あまり盛り上がった場所には行かずに、家で静かに見たいと思います。

2010年6月25日金曜日

WC



日本対デンマーク戦は、オランダ対カメルーン戦と同時にやるんで、明らかにこっちの人はオランダ対カメルーン戦のほうが興味あるだろ、ってことで、半分見れる事を諦めてました、パラグアイが1位で1次リーグを突破したので、次の相手が日本のグループの2位とやることになり、そうなると日本かデンマークか、ということで、日本対デンマーク戦が放映されました。そして結果は、3-1で日本の勝利。次の相手はパラグアイ!完全にアウェーなので、これで日本が勝ったら、自分のバイクにいたずらされるもしれません(笑)

ワールドカップの試合を見ていると、スポンサーが目に付くわけですが、今回の大会は、常連の欧米企業に加えて、中国とインドの企業もスポンサーについているみたいですね。しかも中国企業に至っては、中国語で企業名宣伝しているし。スポンサー料も高いのに、きっと中国国内のお客を相手にしているのかな。かたやインドのIT企業は英語。まあ、現地でも英語表記なので特に変わった事はないのですが、インドのIT企業の場合は、大口の顧客は海外が多いので、もちろん世界の法人を相手にしているんだと思います。

実は、その会社に買収された会社で数年前に働いていましたが、少なくとも当時はコスト意識、特に人件費を削減するというよりは、売り上げをがんがん伸ばして利益をあげている印象を受けました。大口の契約が成立して、大量のITエンジニアが必要になったときに備えて、従業員の2,3割をトレーニング後、仕事につかせずに、待機させていました。待機組に入ってしまった海外の研修生は、学ぶためにインドに来たのにと不満をもらしていましたが、数万人いた従業員の2,3割を待機させおくための人件費といったらすごいでしょ。人件費でひいひい言っている日本の人間からしてみたら、度肝を抜かれました。

08年の金融危機以降も、数回インドに出張しましたが、全然国内需要の伸びは衰えておらず、勢いを感じました。中国は、担当外だったので行く事はありませんでしたが、中国企業の需要も全般的に底堅く、不動産関連のバブルがはじけなければ、次回のブラジルでのワールドカップでは、もっと多くの中国やインドの企業がスポンサーになるんじゃないかと思います。

つい先日、同じ配属先の協力隊員が帰りました。思えば自分もパラグアイに来てから3ヶ月が経ち、2年なんてあっという間だな、と思いました。

2010年6月23日水曜日

パラグアイ人の国民性?



一般的に、パラグアイ人は、すぐ結果を求め、結果が出ないと止めてしまう、としばしば言われたりしますが、日本人もそんなに変わらなくない?東京で営業やってても、普通の会社だったら、毎月成績を比較されるでしょう。コンビニのカップ麺も各商品の売り上げに応じて、毎月(もしくは毎四半期?)棚から下ろされ、新規の商品が加わるでしょう。しかも、なんだかんだいって無意識にお客もそれを望んでしまっている。情報過多の東京と、情報メディアはテレビしかない任地の環境は正反対だけど、気質は同じ?

もっとも農業や畜産業は、自然との共存・闘いで、生き物を相手にする仕事なので、○清カップ○ードルや、コ○・コーラが世の中に浸透するくらいの長期的な視野が必要なんでしょうが。

野菜や肉はほぼスーパーでしか見た事ないですが、2年間で成果を出すべく、アスファルトに生えた雑草魂でやっていきます。

そうそうようやくバイクが手に入りました。住んでいるところは土道で雨になると雪道と同じくらいすべる粘土質なので、オフロード車です。

2010年6月22日火曜日

現地語



週2回現地語(グアラニ語)の授業を受けているわけですが、できなさすぎて、先生に申し訳ないっす。グアラニ語と言っても、現地の人々が話しているのは、スペイン語と混ざったグアラニ語。テレビはほとんどスペイン語だし、都市部に行けば、スペイン語のほうが通じるので、当然スペイン語の影響が徐々に強くなってきているわけですが、それでも任地では、グアラニ語のほうが主流で、会議や現地人同士は全てグアラニ語です。グアラニ語は話す言語であって、読み書きする言語ではないので(もっとも義務教育で公用語としてのグアラニ語の授業では読み書きを勉強をするようですが)、参考書といったら、辞書くらい。しかも、自分の持っている辞書が300円くらいのコンパクトな辞書なので、説明が少なっ!通常会話も、スペイン語で通じるのですが、現地人同士の会話、会議といった重要な情報源を聞き取れるように、地道に学びます。

てか、グアラニ語で話をしていて、スペイン語に切り替えると、スペイン語がすらすら出てくる事に我ながら関心(笑)。ニュースはまだうまく聞き取れませんが。

そんなに汚れがひどいようには見えませんが、つちぼこりのせいか、洗濯すると、水がすごい色になります。

2010年6月21日月曜日

久々の雨



今日は、久々の雨。雨が降らないと、土の細かい粒子のせいか、半端なく、土ぼこりが舞います。トラックなんかが通ると、舞いすぎで前が全く見えないし。そんな中、近所の人は、普通に洗濯物干しているからたくましい。
雨が降ると、畑にはいいけど、今度は、全部土でできた、わが村の道は通行できなくなり、全く外に出れない。家の人は、夫婦仲むつましく、ひたすらとうもろこしの粒を手で取る作業に従事します。おれはというと、活動内容を自問自答。それにしても時間にゆとりがありすぎて、電車ですら30秒も遅れない日本社会に復帰は、中田ヒデが、今、現役に復帰するのと同じくらい不可能だろうな。

2010年6月20日日曜日

彼女でも恋しいのか?



待ちに待ったワールドカップ日本第二戦目。相手が強国オランダとは言え、カメルーンに勝ったわけだし、応援しないわけにはいかない!と、前の晩から楽しみにしてました。パラグアイ時間だと試合が朝7時半だから、アラームを7時にセットして、翌日目が覚め、臨戦態勢に。若干緊張した面持ちで、テレビのスイッチを入れたぁぁ!!!

あれ?

あれ?

つかない・・・

気を取り直して、トイレに行くと、トイレの電気もつかない。なんと停電。この辺りでは、1週間に一回停電になるかならないかぐらいなのに、よりによって日本戦の朝になるとは。もう面倒くさくなって、そのまま昼までふて腐れて寝ました。こっちの人は通常朝6時前に起きるから、昼食食べるためにテーブルに座ったら、「どうした?彼女でも恋しいのか?」と冗談交じりに心配されました(笑)。家の人は酒も飲まないので、金曜日に飲んで、土曜日昼間で寝る、とかいうことはしないんだろうな。

2010年6月7日月曜日

サッカー



ワールドカップがあと1週間弱に迫ってきました。南米に位置するパラグアイでは、当然、サッカーは国技です。しかし、あちらこちらで気軽にサッカーをやる、というよりは、チームを組んで定期的にやっている場合が多く、思っていたほど、サッカーをやっているのを見かけません。

しかし、夕方家に帰る途中、学校の校庭で大人がサッカーをやっているのを見かけ、ちょうど荷物もなく、運動のできる格好だったので参加しました。みんなうまっ!普通のそこらへんにいるおっさんもボールのキープ力半端ないです。かなりドリブルで攻めると思いきや、視野も広くロングパスも正確です。とても出稼ぎで過疎化が進んだ極小の村とは思えません。日本の中学校に毛が生えたくらいしかサッカーを練習してなかった自分では太刀打ちできません。でも、人口600万人くらいで、毎度ワールドカップに行くんだから、単純計算で、一人当たり日本の20倍以上は上手くなければいけないので当たり前か。

最近運動不足だったので、今後も参加して、ボールキープ力を上げたいです。

2010年5月25日火曜日

コタツの季節




パラグアイは秋から冬になりかけているところで、晴れている日は小春日和を通り越して初夏のような気温になりますが、雨が降った翌日は気温が一ケタ台になり、寒いです。日本の冬と言ったら、コタツにみかんです。パラグアイにコタツはありませんが、みかんは、そこらじゅうに、腐るほどあります。というかありすぎて、消費しきれず、実際に地面に落ちて腐ってます。売ればいいんですが、市場がなかなか遠くて、売っている人は限られています。巡回中も、もぎ取って、食べながら歩いてます。ポンカンやオレンジもなっているので、ビタミンCの摂取は過剰な今日この頃です。

2010年5月19日水曜日

ベッドの中



南米といったら、常夏のビーチとラテンのノリか、と思いきや、最近冬が近づいてきてものすごく寒い。しかも、こっちの家はたいてい夏仕様なので、寒さがもろ室内までしみこんできます。みんな家の中でもコート着ています。自給自足に近いロハスを地でいっているので、暖房も電気代かかるので使いません。強いて暖かい場所と言えばベットの中。誰も強制しないし、朝目覚めて、洩れなくそのまま午前中いっぱい寝たくなります。さらに雨が降ると、路面がドロドロだし、学校も休みになっちゃうぐらいだから、家でゆっくりしたい、とかなり思う。

プロジェクトを立ち上げるまで具体的な仕事もないし。ネットも基本的に使えないし、テレビも元々あまり見る習慣もないので、本当にやることが限られています。たまに夜な夜なソリティアをやったりもしますが、こういう状況だと、日本にいた時よりもかなり考える時間が多いです。訪問時の会話をメモって、ひたすら考える。自分の中で浮かんできた疑問を解決するために、アイデアを具体化するために、また話をして。農業の知識も畜産の知識も全然ないけど、現地の人とは違う環境で生きてきた人間から見て、矛盾する点があるはずなので、そういったところにヒントがあるはず。訪問するたびに、新しい気付きがあるので、まだまだ足を使ってなんぼです。行く先々でテレレ(お茶)しているので、頻尿になるのは仕方ない。

2010年5月16日日曜日

夜中のトイレ



昨晩、夜中に目が覚めて、トイレに行きました。トイレは半屋外にあるんですが、トイレのドアを開けると、床にソフトボールより少し大きいくらいの茶色い大きな塊がありました。また犬が泥でも落として行ったのか、とあまり気にしませんでした。用をしている間、暇(?)なので、その塊をボーっと見ていると、足があって、目があることに気付きました。なんとヒキガエルが雨宿りをしてました。しかも、うわさでは毒を持っているようで、どういう攻撃を仕掛けてくるか分からなかったのでちょっと不安だったものの、尿意を抑えることもできず、そのまま継続。ほうきの枝の部分でゴルフみたいにして打って追い払う、って話を聞いたことがあったので、おとなしいんだろうな、と思い、普通に用をたして、床に入りました。

そして、他のヒキガエルが、飲み水用の井戸に落ちたらしく、数日間、水道水がくさい状態が続きました。これぞまさに井の中の蛙(笑)何度かヒキガエルのだしで米炊いちゃいました。

2010年5月10日月曜日

グアラニ語




任地に到着してから2週間が経とうとしています。前任者の引継ぎ書にも助けられ、少しずつ村の状況を把握しつつありますが、プロジェクトを立ち上げるには、まだまだ分からないことがたくさんあります。小さな村と言えども、まだまだ回れていない家がたくさんある。いろんな家を回って話をして情報を集めるのは、まるでドラクエ状態です。レベルアップするには実際にプロジェクトを立ち上げるしかなさそうです。

日中は人影がないような家もあるので、集いをうまく利用して人を知れたらいいかな、と思います。先日、地下水使用に関する集いに参加したんですが、現地語で話が進むので、現地語がわからないと、会議の内容が分かりません。一対一で話をするときはスペイン語ですが、パラグアイ人同士はグアラニ語。とりあえず、グアラニ語を勉強するためと、子供たちと触れ合うために中学校に通うことにしました。グアラニ語の授業がある火曜日と水曜日は、中学生と机を並べて、グアラニ語の勉強。といっても、授業は全く分からないので、他の生徒が問題を解いている間に、先生にいろいろ聞いて、あとは暗記。パラグアイ人を喜ばせる程度の片言のグアラニ語から、日常会話ができるようになるには、まだまだ時間がかかりそうです。なんとか活動が具体的になる前にマスターしたいです。今のところ、日常会話はスペイン語。

暗くなるまで外回りしてたら、夜ホタルが飛んでいました。電灯も少ないから、星もきれいで、自然を堪能しながら帰りました。

2010年5月1日土曜日

飛び込み営業開始



昨日、活動する村に到着し、いよいよ活動が始まりました。とりあえず溜まった洗濯物をし、飛び込み営業開始。と言っても、最初は、活動地域を知るために、家を回って、たわいもない話をするだけ。通りかかって、家の前に人がいたら、話しかけていきました。ラテンアメリカでも、パラグアイの人は比較的シャイで素朴な感じですが、どこに行っても、簡単に「まあ中に入って、茶でも飲んでいきなさい」という感じになりました。日本だったら10軒に9軒くらいは門前払いでしょうが、この地域では特に警戒するわけでもなく、ひたすらテレレ(茶)をしました。
それにしても、毎回毎回テレレなので、水分でお腹いっぱいです。しかも、生水に氷を入れて、道端に生えてる草を濾すので、腹を下すのは時間の問題か。また一つ、う○こネタが増えてしまう(笑)。通常だったら絶対に飲まないけど、2年間という短い活動時間の中で、早く人間関係を構築し活動を進めていくためには、致し方ないかと思います。とりあえず、朝、夜は自炊で、今のところお腹は、語学学校に行ってた時よりも、好調です。

ちなみに、国道からでこぼこの土道を20kmくらい行ったところにあるので、案の定ネットつながりません。それでも、基本的なインフラが比較的整備されているのが、さすがパラグアイといったところでしょうか。

2010年4月28日水曜日

ハッチー

今日、任地の村に移動する・・・予定でしたが、村に続く土道の状態が悪く、4WDでもたどり着けない可能性があるので、もう一日配属先の市街地でもう一日滞在することにしました。

その代わりに、養蜂を見に行きました。前任者が蜂アレルギーで気絶した養蜂です。農作物に比べると、手間がかからず、需要も高く、収入向上には可能性の高い事業なんだそうです。

ひまわり畑の真ん中にある養蜂している場所に着くなり、上半身宇宙服のような防具をつけ、靴下二重重ねし、いざ出陣。まるで、生まれて初めてジェットコースターに乗るときのような気分でした。燻製にせんばかりの勢いで煙を浴びせ、蜂の活動を弱めながら、養蜂の箱を確認。奇襲攻撃にあった蜂が荒れ狂い、羽音を立てて、襲ってきます。ミツバチハッチーのかわいさのかけらもありません。既に頭は、蜂だらけで、防具なしでは、文字通り蜂の巣になっていたところでした。しかし、ひるむことなく箱を確認し、2時間後に試合終了。無事収穫物をトラックの荷台に載せ、蜂のいないところまで移動。終了し一安心した、その時。耳元でささやきが。というか羽音が。防具の中に侵入者あり。顔の前で蜂が動き始めました。しかも防具の中なので出れません。こち亀のボルボ西郷なら錯乱しているところでしたが、冷静に防具の上からひねりつぶしました。侵入者を退治に、無事に帰還しました。

なぜか最近、パラグアイ人に(外見が)パラグアイ人みたいだな、と言われます。

2010年4月26日月曜日

やれそうな気がする~

さて、試験を受けてから、1年くらい経ち、やっと今日配属先に出発です。明日以降、国道から土道を約20キロ行った村での生活が始まります。前任者の方から詳しく引継ぎしてもらって、情報を整理して考えていると、いろいろな可能性が見えてきました。そのアイデアを形に落とし込んで、詳細を詰める事が必要だと思いますが、やれそうな気がする~。

ただ、人間関係の構築と語学は、活動をしていくうえで必須、かつ時間がかかることですが、最初は焦らず着実に、早い段階でいいレベルまで持っていければと思います。まず最初の一ヶ月目、二ヶ月目は語学でつまずくでしょう。

2010年4月20日火曜日

終了

チリ、インドネシア、中国で大地震、ブラジルで集中豪雨、アイスランドで火山噴火、キルギス、タイで反政府デモ、ニジェールで軍事クーデターなどなど、今年に入ってからさまざまな場所で大きな事件が起きていますが、こちらはパラグアイで無事語学研修が終わりそうです。週末はホストファミリーの親戚一同が会して、アサド(肉の塊を豪快に焼くBBQのようなもの)をし、その後、近所のサッカー場でサッカーのプロ二部リーグの試合を見に行ってきました。

語学研修が終わると、首都に戻ってあいさつ回りを2,3日して、配属先に出発。そして、数日後には、任地で活動が始まります。任地は基本的に現地語であるグアラニ語が主流だそうで、スペイン語に慣れてきたのに、またしばらくは周りで何が起こっているのかわからない状態になりそうです。かなり小さい村に配属される予定なので、なるべく今いる町で蚊帳などいろいろと買い揃えて行きたいです。首都も何かと高いんです。学校が4時半に終わって店も大体6時に閉まるので、ほぼ時間との戦いか。

またしばらく落ち着きませんが、初心を忘れずに着実にやっていきたいと思います。

去年まで一部リーグでしたが、既に二部リーグでの降格争いをしている地元のチーム、胸の一番目立つ部分のスポンサー募集中です。

2010年4月14日水曜日

日系ベルマーレ


先週の土曜日は、バイクの練習ということで、Centro Nikkeiという場所に行き、練習しました。名前の通り、日系人が運営していると思われる施設で、大きなサッカーグラウンド二つとフットサルができるくらいのサッカーコートがありました。しかも、芝生がかなり整って管理されてました。ここまで芝生が整っているのを初めて見ました。

そして、バイクの練習をしていた横では、かなり本格的にサッカーの試合をしていて、聞いてみると、CLUB NIKKEI BELLMARE(日系ベルマーレ)というチームが試合をしていました。どこかで聞いたことがある名前と思えば、湘南ベルマーレ!を強化するために設立されたチームのようです。経営は別のようですが、若手の選手を養成して、ゆくゆくは湘南ベルマーレに、という感じのようです。現状は、地域2部リーグで、実質4部リーグに所属中とのこと。

さらに人口がたった約7万人の同じ市内に、去年まで1部リーグに所属していた12 de Octobreというチームがあり、さすがサッカー大国と言わざるをえません。だって、東京の半分くらいの人口でワールドカップに行くんだから、すごい!

さっそくトレーニングシューズを買って、フィールドへレッツゴー。ちなみにこちらのサッカー選手は、ラグビー選手に近い体格なので、怪我しないように気をつけます。

写真は、首都にある元大統領官邸(Palacio de los López)

2010年4月9日金曜日

Cooperativa



最近は、すっかり朝晩は涼しくなって、12,3℃くらいまで下がりますが、日中は30℃近くあって、不思議な感じです。

語学研修中にお世話になっているホームステイ先の母ちゃんは働き者で、しばしば帰ってくるのが遅いです。別にそんなに働かなくてもやっていけそうに見えますが、店で働く他に、Cooperativaという団体の役員になっているからです。Cooperativaは、町内会みたいなものかと思いきや、共済のようなものみたいです。アメリカで公共サービスが不十分であるがゆえにNGOが社会的に重要な役割を果たしているように、パラグアイでも銀行や金融サービス会社(Financiera)の隙間を埋める役割を果たす団体があるようです。

パラグアイの銀行の利子は約23%で、日本人だったら即行で日本の銀行からパラグアイの銀行へ口座を移したくなるほど高いです(実際は、外国人が銀行口座を作るのは、条件がいろいろあって難しいらしい)。その分、パラグアイの通貨が不安定なんでしょうが、そんなに利子が高いと、貯蓄にはいいけど、ローンを組んだら、その日からドキドキで夜も眠れなくなりそうです。そこで、Cooperativaという、地域住民が少しずつ出資して、そのお金を、家や車を購入する人に低利子(といっても13%とかららしい)で貸すようです。いくつかの市にまたがって、2万以上の世帯が拠出しているみたいです。そして、ちょっと09年度のバランスシートを見せてもらったら、有志団体にしてはものすごい金額が動いていしました。かなりできあがったシステムなんだなあという印象を受けました。

マイクロファイナンスとは違いますが、なかなかおもしろい仕組みなので、またいろいろ調べてみたいと思います。

2010年4月3日土曜日



以前書きましたが、パラグアイでは、テレレという、茶葉を水で濾したものをよく飲みます。輪になって、一つのコップを回し飲み。そして、その茶葉は多種にわたるのですが、それらをだいたい3種類ぐらい混ぜて飲みます。消化促進、下剤作用、鎮痛、咳止め、解熱など、その作用といったら、中国の漢方なみです。中絶用のものもあるらしです。でも、道端に生えているものを使ったりと、先住民グアラニの培ってきたノウハウのたまものです。

マテ茶といって、お湯で濾すものもあるのですが、亜熱帯気候のパラグアイでは、冬以外は、テレレが一般的。元々マテ茶を飲んでいたのですが、火を使って水を温めていると、敵が攻めてくる時に、煙で居場所がばれてしまうので、水で濾すようになったという言い伝えが一つにあるようです。なぜテレレと言うかというと、最後までテレレをすすう時に出る音が、「テレレ」に聞こえるから、ということだそうです。

テレレを回し飲みし、話をすることによい関係を築いていくわけですが、間違って、おなかの調子がよくない時に、下剤作用のあるテレレを飲んでしまったら、大変なことになるでしょうね。

2010年3月31日水曜日

半分青空ジム



暑い日が続いて、シエスタ(昼寝)なしでは、午後の生産性に影響が出る今日この頃です。ここ1週間近く運動をしてなかったので、便通と肩こりに悩まされていました。が、今日ジムに行きました。一週間契約で約200円くらいなので、安くていいです。もちろん設備も限られていますが、カトリック教会のお膝元で、久々に体動かしました。ジムのトレーナーに親切にいろいろ教えてもらいました。もちろん、多く見積もっても半分も何を言っているのか分かりませんでしたが(笑)でも、「じゃ、また明日5時に」と言われてしまいました(汗)

明後日から、カトリック教には重要な祭日が始まりますが、今週末くらいには、サッカーをやる場所を見つけたいです。以外とそこらじゅうでサッカーをやっているわけではなくて、人伝いに探さなきゃいけない感じのようです。

写真は、テレレ(お茶)の葉を販売していた奥さんです。いい笑顔してます。

2010年3月29日月曜日

ホームステイ先へ移動



首都での表敬訪問が終わり、語学学校に行くために首都から20kmくらいの町Itaguaに移りました。ニャンドゥティという民芸品で有名な町です。しかし、首都から30分くらい行っただけなのに、ものすごく小さな町です。人口3.5万人くらいらしく、大きなスーパーも去年できたばかりとのこと。

ここで、ホームステイをしながら、三週間、語学研修です。ホームステイは10年ぶりぐらいです。土曜日に移動し、土日はやることもないので、道端でテレレしました。テレレというのはお茶の葉を水で濾して飲むもので、そこらじゅうでこれを飲みながら、だべってます。2時間でも3時間でもだべってます。こんなにゆっくりとした時間を過ごすのは久しぶりです。こちらに話かけてくることはともかくとして、パラグアイ人同士が話していることは、基本的にほとんど聞き取れません。たぶん徐々によくなっていくんだろうな・・・。

それにしても秋だってのに暑い。でも、冬は気温が一桁台まで行くらしいので、任地に行ってからはけっこう大変かも。

2010年3月25日木曜日

アスンシオンで感じたこと




首都アスンシオンに降りたって感じたこと。

・地ビール安っ!(1リットル弱で100円くらい)
・インディヘナ(先住民族)または、スペイン系との混血の方々がほとんど
・道はゴミが少なく、きれい
・とにかくそこらじゅうでテレレ(お茶)片手に休憩
・当面言葉に苦労しそう

60年以上前にこの地を始めて踏んだ日系移民の方々は、すばらしい功績を残している人が多いですが、来たばかりのときはどんな気持ちだったのか想像もつきません。

パラグアイに到着



40時間以上の移動時間を経て、無事パラグアイの首都アスンシオンに到着しました。到着してみて、国の人口が約600万人と少ないせいか、意外と静かで、インドやナイジェリアの都市部のように密集した感じはしませんでした。この時期暑さも和らいでいるので、そのせいもあってか、閑散とした感じまで受けました。夜だったせいでもあるのかな。

とりあえず、現地語と現地通貨に早く慣れたいです。

2010年3月20日土曜日

いざ出陣



もうすぐ出発です。

一年前の自分は、今の自分を想像できましたが、今の自分は一年後の自分を想像できません。アップルの創業者や、Yoshidaソースの社長が言ってたみたいに、やりたいことを突き詰めていけば、いつか点と点が線になってつながるんだと思います。ただ闇雲に突き進んで、交差点で道を間違えないように、リサーチはしっかりして、またレールから外れていければいいかなと思います。

日本人が誇る、耐力、努力、誠実さを忘れずに楽しんできます。

2010年3月17日水曜日

買い物

最近は、役所に行ったり、買い物したりで、何気にやることあるんだね。もう出発まで間もない割りに、買うものがたくさんあるので、即決。ネットでかなり買い物したので、出発までに届くのやら。現在4つ待ち。届かなかったら、届かなかったで、仕方ない。

あと少しという実感が沸かないけど、飛行機に乗って、現地に着いたら沸くんだろうな。何しろ、東京→ニューヨーク→サンパウロ→アスンシオンを、一泊もせずに40時間弱ぶっ通しで移動です。しかも、サンパウロ→アスンシオンの小さな航空会社の機内持ち込みがMAX5kgで、途中で荷物を入れ替えられないので、それにあわせて、成田から機内持ち込み荷物は5kgです。ちなみにパソコンが約3kgあると思うんで、後は、本と歯ブラシとパンツくらいしか入らん。逆に重い荷物を持ち歩かなくてすむし、ま、いっか。

そういえば、ブログの設定変えたので、普通にコメントできるようになりました。

2010年3月1日月曜日

訓練終了間近



早いもので、訓練が終わりに近付いて来ていて、同時に、任国へ経つ日が近付いています。先日、上の写真の語学交流会があり、残すところ、総まとめテストと語学発表会のみとなりました。最近は西語を勉強したり、本を読みながら、任期終了で配属先から去る予定の前任者とメールでやりとりをしていて、徐々にイメージがつかめてきました。

派遣予定の村は、パラグアイの片田舎を走る国道からさらに18km程、未舗装の道を行ったところにあるようです。現在、計画中の事業は、植林と井戸掘り。

植林は隣村でも以前実行され、苗木を外から持ってきたのはいいものの、穴掘りや植樹にほとんど村人が来なくて、あまりうまくいかなかったようです。加えて、僕が行く村は、離れた場所にあるので、雨なんかが降ると、車で苗木を運べなくなるらしい。

また、井戸掘りは、一般企業の出資で、市役所が主導で行われました。ただし、井戸の管理まではやらず、配属先が水道メーターの設置を行い、村人主導の料金の徴収の仕組み作りと維持管理の仕方などを計画中だそうです。ただし、村にお金の管理をできそうな人が現状見当たらないとのこと。

と具体的な事業はあるものの、典型的かつ最大の難関として、援助慣れしていて、資金や物資の援助を受けることに関しては積極的だが、技術や知識を習得することに関しては必ずしも積極的とはいえないようです。かといって、食べていくのに困っているわけではなく、のんびりとした雰囲気だとのこと。

こういった中で、やる気と情熱を空回りさせずに、事業を遂行していくためには、どうしたらいいのでしょうか。計画を立てながらも、状況に応じて何度も練り直し、村人と話をし、よく観察して、彼らの関心の矛先にあるものをきっかけとして利用することがいいのかなと思います。たぶん時間がかかるし、進歩も遅い。ですが、一個人が、どんなに虚勢を張っても、個人でできる事は限られています。特に、資金面・技術面で非常に限られている。その中でできることといったら、インパクトが発生するためのきっかけ作りをすることが、実を結ぶのではないかと思います。

ということで、忍耐強くトライしていく一方で、現地の人々との交流を楽しみ、その中でヒントを得られたらいいのかなと感じています。

ちなみにチリの地震の影響は、パラグアイには波及していないようです。

2010年2月21日日曜日

防災訓練?

金曜日は、生活技法講座というものがあり、ダンボール箱でオーブンを作り、パンを焼くという講座を開催しました。といっても、パンなんて作ったことないので、講師を有志で募り、自分は委員だっただけ。その一部始終です。


まず、火を起こします。火を起こさないと、調理できないので、必死です。


その間にベーグルの生地をこねています



ダンボールオーブンを作成


完成


バームクーヘン用のダンボールオーブンが全焼し、消火器で鎮火するという防災訓練のような事故もありましたが・・・


めげずに、焼き続け・・・


ベーグル完成しました!


バームクーヘンも気を取り直して、小講堂で急きょ焼き直し


チョコレートベーグルまで作っちゃいました


みんなお腹が満たされてハッピーです。

前日は、語学クラスの先生と生徒対抗でフットサルしました。技術レベルは同じかむしろ勝っていたのに、日本(生徒)がまさかのチーム力で負け、日本だったのでシュート数でも負けました。今週はリベンジをかけて、再戦です(たぶん金曜日)


訓練生活も残り3週間ないですが、最後までスペイン語のレベルを上げられるようにがんばりまつ。