2010年2月19日金曜日

Tipping point

水曜日に「地球のステージ」という、国際医療救援活動をしている精神科医が、自身の体験談をナレーションと音楽に載せて語るイベントがありました。

東ティモール、ルワンダ、ガザ地区などで活動した代表者が、その時々で起きたことや感じたことを写真と動画とともに語るわけですが、こういった場所では、何かが不足しているからこの人が入っていくわけです。しかしながら、行ってみると、行く前に持っていたイメージとは違う。救援物資を受ける被災者は、物を渡されても喜ばない。難民キャンプにいる子供達はものすごく明るい。そういったギャップの中で、援助する側、という意識ではなく、地元の人々の目線で話をし、必要と思われることをやる。結局、その人が大きな事をして活動地域に大きなインパクトを与えた、というよりは、自身の持つ医者としての技能をきっかけとして、コミュニティの人々と接する機会を得て、そこで地元の人々の目線に立とうとする。でも外人だし、外部者としての立場をわきまえ、一歩下がったところにいる。その姿勢が相手に伝わり、そんなことをするその外人を受け入れる、というのがよく伝わってきた。

自分を含め、派遣前の隊員の多くが、任地に行ったら、2年間という限られた時間の中で、より大きな変化をもたらしたい、成果を形に残したい、と思っているはず。しかし、実際に行ってみると、やることがない、できることがない、同僚もあまり仕事をしない、という事が多く、苦しむようだ。何より自分は必要とされているのか、という事を自問するらしい。もちろん活動地域の人々はより豊かな生活ができればいい、と思っているだろうが、その一方で、自分の今の生活を大きく変えてまでそうしたくない、という心があるんじゃないかと思う。家族を省みなかったり、余暇を潰して働くぐらいだったら、今のままの生活で十分。だから、日本人の外部者の感覚で思いついたことを「参加型」で周りを巻き込もうとしても、いまいち温度差がある。空回りする。

地球のステージを見て改めて思ったことは、一個人というのは、どんな能力を持っていたとしても、社会の中では小さな一人であり、どんなに虚勢を張っても、個人でできる事は限られている。であるのであれば、自身が直接的にポジティブなインパクトを与えようとするのではなく、インパクトが発生する小さなきっかけを作れればいいんだと思う。ちょうど、水面に水滴を一滴落として、それが静かに広がっっていく感じ。そのきっかけ作りは直接的にインパクトを与えるわけではない。一方で、社会が向かっているベクトルを、外部の力で違う方向へ指し示すわけではないので、社会への違和感がない。そして、そのベクトルを注意深く観察し、その中で存在する問題を拾い上げ、解決されるような仕掛けを作る。その仕掛けが機能するかどうかは、実際に機能してからでないと分からないだろうし、最初からうまくいく可能性はゼロに近いと思う。社会の成り立ちを深く理解していないとできない。何度も試行錯誤が必要だろう。ただし機能してしまえば、その影響自体は人工的なものでなく半自然なものなので、波及していきやすい。

国際機関であれば、限られた時間での視察で短期での結果が求められるし、資金・技術面でも充実しているので、直接的な支援をするのが適当だろうが、知識、技術、資金のない中であれば、こういうことが実を結ぶのではないかと思った。

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