2010年11月20日土曜日

Karate

足の調子が悪くてしばらく延期していましたが、今週空手の授業を始めました。と言っても、大学の時に一年半空手をやっただけなので、技術的にはたいしたことは教えられません。暴力的なことを教えないでくれ、とPTAから苦情が来るかもしれません。しかし、特に子供たちには、空手を通して精神的なものを学んでもらえたら、と思います。

まず、細部までこだわり、技術向上のために努力すること。基本的な突きと蹴りは、大して種類があるわけではないのですぐに覚えられます。しかし、いかに完璧に近づけていくか。細かいところまで追求するか。それによって、少しずつ技術が向上していくのです。3段になっても5段になっても、基礎の練習を欠かさない意味を知って欲しい。現実世界に出て働くときも、最初から順風満々でいくわけがない。現状維持は衰退につながり、他人と自分を差別化することによって付加価値がつく。しかしながら、自分と同じような技術・経験を持った人はたくさんいる。その中で、差別化していくには本当に細かい部分、100あるうちの1かもしれない。それを怠らずにできるかどうか、で決まってくるケースが多い。
 

次に、規律。練習を始めるとき、終わるとき、礼をする。練習をするために一列に並ぶ。練習の合間にうろちょろしない。カウントに合わせてストレッチをする。日本では当たり前のことですが、これが以外に難しい。通常の授業でも、教室への出入りは自由、席から立ち上がり友達にちょっかいをだすのは普通。そんな自由な環境で育つせいか、村の中には組織が作られては消滅し、結局、個人の限られたキャパシティの中でしか成長できない。

そして、集中力。上記と同じ理由で、すぐおしゃべりをする。すぐ友達とじゃれあう。練習をしていく中で、間髪をいれずに次から次へと練習メニューを組み込み、その中で、練習に集中させたい。高校へ進学する生徒が多いようなので、一定時間集中して勉強する力を身につけて欲しい。

まだまだありますが、村で暮らしていて感じるのは、中長期的に見て、収入を向上させるにあたって必要なものは技術ではなくて、意識を変えること。ロバート・キヨサキやマイケル・ボルダックではありませんが、精神的な部分が人生を形作っている部分が大きい。だから、高価な設備を投入する「箱物の援助」はたいていうまくいかない。ただ、自分自身もそうだが、意識を変えるのは難しい。だから意識を少しずつ段階を踏んで変えていくツールとして技術投入と組織化を行う。人生これからの若者たちには、技術よりも精神性を育くんでもらいたいと思います。偉そうな事をほざいてしまいましたが、自分も一緒に学びたいと思います。

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