2010年3月31日水曜日

半分青空ジム



暑い日が続いて、シエスタ(昼寝)なしでは、午後の生産性に影響が出る今日この頃です。ここ1週間近く運動をしてなかったので、便通と肩こりに悩まされていました。が、今日ジムに行きました。一週間契約で約200円くらいなので、安くていいです。もちろん設備も限られていますが、カトリック教会のお膝元で、久々に体動かしました。ジムのトレーナーに親切にいろいろ教えてもらいました。もちろん、多く見積もっても半分も何を言っているのか分かりませんでしたが(笑)でも、「じゃ、また明日5時に」と言われてしまいました(汗)

明後日から、カトリック教には重要な祭日が始まりますが、今週末くらいには、サッカーをやる場所を見つけたいです。以外とそこらじゅうでサッカーをやっているわけではなくて、人伝いに探さなきゃいけない感じのようです。

写真は、テレレ(お茶)の葉を販売していた奥さんです。いい笑顔してます。

2010年3月29日月曜日

ホームステイ先へ移動



首都での表敬訪問が終わり、語学学校に行くために首都から20kmくらいの町Itaguaに移りました。ニャンドゥティという民芸品で有名な町です。しかし、首都から30分くらい行っただけなのに、ものすごく小さな町です。人口3.5万人くらいらしく、大きなスーパーも去年できたばかりとのこと。

ここで、ホームステイをしながら、三週間、語学研修です。ホームステイは10年ぶりぐらいです。土曜日に移動し、土日はやることもないので、道端でテレレしました。テレレというのはお茶の葉を水で濾して飲むもので、そこらじゅうでこれを飲みながら、だべってます。2時間でも3時間でもだべってます。こんなにゆっくりとした時間を過ごすのは久しぶりです。こちらに話かけてくることはともかくとして、パラグアイ人同士が話していることは、基本的にほとんど聞き取れません。たぶん徐々によくなっていくんだろうな・・・。

それにしても秋だってのに暑い。でも、冬は気温が一桁台まで行くらしいので、任地に行ってからはけっこう大変かも。

2010年3月25日木曜日

アスンシオンで感じたこと




首都アスンシオンに降りたって感じたこと。

・地ビール安っ!(1リットル弱で100円くらい)
・インディヘナ(先住民族)または、スペイン系との混血の方々がほとんど
・道はゴミが少なく、きれい
・とにかくそこらじゅうでテレレ(お茶)片手に休憩
・当面言葉に苦労しそう

60年以上前にこの地を始めて踏んだ日系移民の方々は、すばらしい功績を残している人が多いですが、来たばかりのときはどんな気持ちだったのか想像もつきません。

パラグアイに到着



40時間以上の移動時間を経て、無事パラグアイの首都アスンシオンに到着しました。到着してみて、国の人口が約600万人と少ないせいか、意外と静かで、インドやナイジェリアの都市部のように密集した感じはしませんでした。この時期暑さも和らいでいるので、そのせいもあってか、閑散とした感じまで受けました。夜だったせいでもあるのかな。

とりあえず、現地語と現地通貨に早く慣れたいです。

2010年3月20日土曜日

いざ出陣



もうすぐ出発です。

一年前の自分は、今の自分を想像できましたが、今の自分は一年後の自分を想像できません。アップルの創業者や、Yoshidaソースの社長が言ってたみたいに、やりたいことを突き詰めていけば、いつか点と点が線になってつながるんだと思います。ただ闇雲に突き進んで、交差点で道を間違えないように、リサーチはしっかりして、またレールから外れていければいいかなと思います。

日本人が誇る、耐力、努力、誠実さを忘れずに楽しんできます。

2010年3月17日水曜日

買い物

最近は、役所に行ったり、買い物したりで、何気にやることあるんだね。もう出発まで間もない割りに、買うものがたくさんあるので、即決。ネットでかなり買い物したので、出発までに届くのやら。現在4つ待ち。届かなかったら、届かなかったで、仕方ない。

あと少しという実感が沸かないけど、飛行機に乗って、現地に着いたら沸くんだろうな。何しろ、東京→ニューヨーク→サンパウロ→アスンシオンを、一泊もせずに40時間弱ぶっ通しで移動です。しかも、サンパウロ→アスンシオンの小さな航空会社の機内持ち込みがMAX5kgで、途中で荷物を入れ替えられないので、それにあわせて、成田から機内持ち込み荷物は5kgです。ちなみにパソコンが約3kgあると思うんで、後は、本と歯ブラシとパンツくらいしか入らん。逆に重い荷物を持ち歩かなくてすむし、ま、いっか。

そういえば、ブログの設定変えたので、普通にコメントできるようになりました。

2010年3月1日月曜日

訓練終了間近



早いもので、訓練が終わりに近付いて来ていて、同時に、任国へ経つ日が近付いています。先日、上の写真の語学交流会があり、残すところ、総まとめテストと語学発表会のみとなりました。最近は西語を勉強したり、本を読みながら、任期終了で配属先から去る予定の前任者とメールでやりとりをしていて、徐々にイメージがつかめてきました。

派遣予定の村は、パラグアイの片田舎を走る国道からさらに18km程、未舗装の道を行ったところにあるようです。現在、計画中の事業は、植林と井戸掘り。

植林は隣村でも以前実行され、苗木を外から持ってきたのはいいものの、穴掘りや植樹にほとんど村人が来なくて、あまりうまくいかなかったようです。加えて、僕が行く村は、離れた場所にあるので、雨なんかが降ると、車で苗木を運べなくなるらしい。

また、井戸掘りは、一般企業の出資で、市役所が主導で行われました。ただし、井戸の管理まではやらず、配属先が水道メーターの設置を行い、村人主導の料金の徴収の仕組み作りと維持管理の仕方などを計画中だそうです。ただし、村にお金の管理をできそうな人が現状見当たらないとのこと。

と具体的な事業はあるものの、典型的かつ最大の難関として、援助慣れしていて、資金や物資の援助を受けることに関しては積極的だが、技術や知識を習得することに関しては必ずしも積極的とはいえないようです。かといって、食べていくのに困っているわけではなく、のんびりとした雰囲気だとのこと。

こういった中で、やる気と情熱を空回りさせずに、事業を遂行していくためには、どうしたらいいのでしょうか。計画を立てながらも、状況に応じて何度も練り直し、村人と話をし、よく観察して、彼らの関心の矛先にあるものをきっかけとして利用することがいいのかなと思います。たぶん時間がかかるし、進歩も遅い。ですが、一個人が、どんなに虚勢を張っても、個人でできる事は限られています。特に、資金面・技術面で非常に限られている。その中でできることといったら、インパクトが発生するためのきっかけ作りをすることが、実を結ぶのではないかと思います。

ということで、忍耐強くトライしていく一方で、現地の人々との交流を楽しみ、その中でヒントを得られたらいいのかなと感じています。

ちなみにチリの地震の影響は、パラグアイには波及していないようです。