2011年9月12日月曜日

911

おそらく世界中どの国にいても、2011年9月11日がアメリカ同時多発テロから10年、という報道を見かけるだろう。 2001年9月11日、最初の飛行機が突っ込んだ時、数千キロ離れてはいたが、同じアメリカにいた。一機目が突っ込んだ時にはまだ家に居て、家の人から声をかけられて、テレビを見る。ワールドトレードセンターに飛行機が突っ込み煙がたっていた。ものすごいことではあるのは頭では分かっていたが、あまりにも唐突過ぎて、実感がわかなかった。やがて授業の時間になり、大学に行く。クラスでは、始業の時間に教授が来たが、その日のクラスはキャンセルになった。その後はあまり覚えていないけど、どうしようもないので、とりあえず図書館で勉強していたように思う。 結果として、計4機がハイジャックされ、世界貿易センターに2機、国防省本庁舎に1機激突し、残りの1機は墜落した。そして、崩れないように設計された世界貿易センターは、衝突した飛行機の爆発とその影響によって、全壊した。 アメリカだけでなく世界を震撼させた事件は、アメリカ政府により、アルカイダの仕業であると断定される。そして、その後、アルカイダの指導者であるオサマ・ビン・ラディンがいるとされるアフガニスタンを攻撃。テロとは直接関係ないが、その後、アメリカは大量破壊兵器を持つとして、悪の枢軸の一国としてイラクを非難し、国連の決議なしで、イラク戦争へと踏み込む。 ブッシュ大統領の支持率が911を経て急回復したように、アメリカ国内は対テロという構図の戦争に賛成の意見が大半だった。そして、アメリカの国旗があちらこちらに翻った。一方で街角で少数ながら反戦運動をしている人もいた。 戦争が長引き、自爆テロが相次いだ事もあるのか、サンフランシスコ周辺地区では、戦争に反対している人の方が多かったように思います。一方で、アメリカで99年~2000年にかけて初めてお世話になった南部のホストファミリーの、自分より1歳年下の息子は、陸軍としてイラクのバクダット近郊の町に駐在していた。駐在中に一度メッセンジャーで話したけど、常に狙われているし、狙わなきゃいけないという環境からか、考え方が狂っているように感じた。

0 件のコメント:

コメントを投稿