2012年2月24日金曜日

留年


橋本知事が教育水準に達しない子供を留年させることを推進している。基本的には反対だ。

橋本知事の議論を言い換えると、「留年させて分かるまで教えれば、目標の学力レベルに達することができる」ということになる。果たしてそうだろうか。留年したところで、勉強が大嫌いな生徒にとっては同じこと。親が厳しかったり、他の生徒に遅れを取るのが嫌で、必死に勉強する意識のある生徒は、そもそも留年させるシステムがなくても、強迫観念で勉強し、平均点くらいは取れていると思う。むしろそうでない生徒が留年の対象になるわけで、ますます学校が嫌になって、速攻で学校辞めるでしょ。

就職する際に、多くの企業で書類選考で最終学歴で振り分けるのは確かだ。単に教育レベル=仕事の質、ということはないが、教育のレベルと、社会人として必要な自己管理能力にはある程度の相関関係がある。そして、日本の一端雇用すると社員をクビにするのが難しい法律の下、雇用する企業も慎重にならざるを得ない。だから、多くの応募者を、限られた情報でふるいにかけているわけである。もちろんそうでない企業も多いし、社会で活躍する上で教育のレベルというのは直接的には関係ない。そして、多種多様な職業がある中で、子供の頃から学業という一つの物差しで、子供を評価し、それによって進級を遅れさせるというのはどうかと思う。最終的に自分が好きなものを見つけて、それでメシを食えるレベルになれればそれでいいでしょ。むしろ闇雲に勉強するよりも、それを見つけることの方が大事では。



ただし、授業内容が分からない状態で、その先に進むとますます分からなくなって、焦燥感に駆られるというのはうなずける。自分もそういう時期があった。まず、中高一貫校に、高校から入ったとき。系列の中学から進学した連中は、中3から高校1年の内容を勉強しているので、高校に入ると、その部分は飛ばされる。一方で、自分は、国語、英語、数学のみの受験であったために、社会、理科に関しては、そんなに勉強していなかった。それでも、中学校では5段階の5をもらっていた。でも、高校に入るや否や、化学、物理は全く意味不明。これを機に、化学、物理が大嫌いになった。どんどん分からなくなった。数学は得意であったが、たぶんこれを機に自分は文系に進むことにしたんだと思う。

第二に、アメリカの大学での授業。最初は地域の小さな大学に入り、目標の大学に編入するつもりだったので、最初の大学で編入のための特進クラスのような授業を取っていた。ただでさえ、英語が分からないのに、そういう授業を取ったもんだから、英文学の授業は意味不明だった。授業に行くのも苦痛だった。ある日授業に行ったらいきなりテストだったこともあった。そして、子供がグレる気持ちがよく分かった。幸い、自分は受験勉強をせずに、アメリカに行くことを自分で決めたので、なんとか乗り切ったが。

学校に行っている間は、なんだかんだいって、授業を受けたり、勉強をしている時間が大部分を占める。なのに、それが分からないのは苦痛だ。しかしながら、子供に分かるまで勉強を課せば、それでことが済むとは思えない。そもそも、基礎教育は将来的に何につながるのかが分かりずらく、目的意識をもって勉強をすることはとても難しいと思う。だからこそ、留年をさせるよりも、大人で、それで給料をもらっている教師に目を向けるべきではないか。それぞれの場面で勉強している内容が、将来的に何につながるのかを明確にし、さらに授業にもっと遊びを取り入れて生徒の興味を掻き立てる授業をやる工夫を個人レベルではなく、学校や教育委員会のレベルで仕組みとして考えるべき。他にも生徒がやる気を出させるコーチングや、生徒が置かれている環境を整えるカウンセリングなど、取り入れられることはたくさんある。自分も大学時代、高校の講師をしていたが、生徒の私生活の話に耳を傾けて、まず勉強をする環境を整えてあげることが大事だと感じた。また、留年というダメなレッテルを貼るよりも、放課後の補講などで補ってやるべきだと思う。留年にしても補講にしても、そもそも生徒のやる気がなければ効果はないと思うが。

というわけで、留年のしくみはやめたほうがいいと思う。子供を留年させるのが嫌で、大阪市外に引っ越す、という家庭が出て、排他的な大阪市の教育水準が上がった、という結果がでるのがオチじゃないだろうか。

4 件のコメント:

  1. うむうむと頷きながら拝読しました。

    日本の教師の負担は今でさえ大きすぎるので(欝など精神的疲労で休職中の先生過去最多だとか)、コーチングやカウンセリングの専門家やソーシャルワーカー、課外授業を担当する学生ボランティアなどを学校専属で配置することで生徒の学習やメンタル面をサポートできれば理想的だと思う。

    その予算は、OECD諸国の中でも高給取りな日本の教師の給料を数%カットすればまかなえるだろうし、それで先生の負担も減るのであれば大きな反対もでないのでは?

    ・・・なんて、大して調べもせずに言ってみましたがどうかしら?

    ひでちゃんも授業についていけずに苦労した経験があるんだね。チャレンジのレベルが違うけど、なんか親近感w

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    1. ネパールの美人さん

      先生に対してもカウンセリングが必要な世の中だね。

      国家公務員の給料がカットされる傾向があるから、地方公務員といえども、教師の給料もカットされる方向になる可能性は大いにあるね。ただ削減して財政状況を改善するのではなくて、それを機に必要なサービスを提供する検討をして欲しいね。

      おれも特に調べたわけじゃないよ。

      授業についていけないことはぼちぼちあったよ。登校時間になるとお腹痛くなる子供の気持ちがよく分かった。あれは仮病じゃなくて本当にお腹痛くなるんだな、と(笑)。

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  2. かめるーん2012年2月25日 6:17

    これ賛否の意見見てないからよくわからないけど、
    二人の言っていることからみると、教育クオリティの充実化と拡充というところなんだろうけど、そこの仕組みとコストをどう作っていくのかなんだろうね。
    学生時代教育関係のNGOやら、リクルートの元トップ営業マンが校長やってる中学とかにも行ってたけど、補講、カウンセリング、もろもろのサポートって少しずつ日本でも充実化していってるよね。
    Teach for Americaほどのスケールではやってないと思うけど、今後はこういう民間NGOの動きをうまく取り入れて、使っていく仕組みが必要なんだろうねー。(薄い意見ですみません)

    話しはちょっと変わるんだけど、ふと思ったんだが、カメルーンでは小中でも留年ががんがんあって、学年ごとの年齢だって全然違うんだよね。卒業試験通らないと、卒業させないとかもある。

    上のネパールの美人さんが書いている、給与カットに関しては、これは最もデリケートな問題で、一番難しいことだと思います。
    ODAの仕分けで協力隊の予算ががんがん削られてるけど、本当に手をつたら削減にとって効果的なのは、プロパー職員とかのもろもろの手当て、高すぎる給料の方だからね。なぜできないんでしょうか。
    労組が強いんです。労組じゃないけど、ましてや教員って日教組でしょ??OECD比較で現職を説得できるのかという話。
    負担削減と給与削減は論点が変わってくるので、事実上不可能だと思います。

    僕も帰国子女で帰国して理科と古文に全くついていけない人でした。
    留年に関しては条件と規準を明確化して、再チャレンジの仕組みもちゃんと作れば、もっと子供が真剣に勉強するインセンティブになりうる可能性もあると思うけどな。程度によりますが子供に競争をさせて、勉強をさせることが悪いことだとは思わない。他の国の事例も研究してみると面白いのかもね。

    僕はお門違いなのでここまでにしておきます。

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    1. かめるーん、

      Teach for Americaっておれもオファー来た。教員免許なくてもいいらしいから、逆に多様性の面ではいいのかもね。アメリカの場合、先進国の中でも、教育に限らず、社会サービスが充実していないから、それを補うNGOやNPOが存在するんだろうね。詳しくはよく分からんけど、節税対策などで、企業から多額の寄付を受けて、潤沢な資金を元に経営しているNPOは多いからね。その点、日本はまだまだNGO、NPOの社会的地位が低い、と感じるのはおれだけだろうか。少なくとも資金面では雲泥の差があるね。

      日本教職員組合が強いから、ただ教師の給料を削るというのは難しいのかもね。よく知らないけど。

      きれいごとかもしれないけど、子供全体の質が上がればいいわけであって、留年にひっかかるような子供を対象に、無理矢理底上げするよりも、早く卒業させて、社会で仕事をさせたほうがいいと思う。

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