2012年1月29日日曜日

事故


さて、協力隊は当然ながら、いわゆる途上国に送られるわけであって、チューリッヒやニューヨークに送られるわけではない。そして、当然ながら途上国は様々な面で危険が存在する。経済的な格差、インフラの不備、未発達の医療、必要な教育の欠如、ガバナンスの脆弱性、不安定な政治、整備不良の乗り物などによる犯罪、事故、デモ、ときりがない。これらは相対的なものであるが、世界有数の安全な国日本と比べると、その違いがより顕著になる。

そんな中、活動している協力隊。協力隊を管理するJICAは、うるさいくらい安全・健康に敏感に注意を促し、規則を設けている。たぶん多国間・二国間援助機関の中でも、かなり高い安全・健康基準を設けていると思う。それでも、年間千数百人を派遣しているので、どうしても事故や病気が発生してしまう。

やっぱり自分の周りにも事故に巻き込まれて、緊急輸送されてしまった隊員がいる。もちろん本人にとってはとても悲しい出来事だが、それ以上に両親にとってはもっと悲しい。自分の子供が、見知らぬ国に、その国の人のために役に立ちたいと思って、志願したのに、変わり果てた姿で戻ってくる。行き場のない悲しみに打ちひしがれ、怒りさえこみ上げてくるかもしれない。

2012年1月16日月曜日

生活



パラグアイに来てからもうすぐ2年です。ボランティアという形で来ているわけですが、

この事業が掲げる目的は3つ
(1)開発途上国の発展と復興に貢献すること
(2)途上国との友好親善、相互理解を促進すること
(3)ボランティア経験の社会還元


目的(1)はいわゆる活動に当たります。もちろんその活動を通して目的(2)を達成するということもありますが、目的(2)の場合、むしろ日常生活を通して、それが達成させることが多いと思います。

具体例として挙げられるのが、パラグアイのテレレという文化。感覚的にはお茶の回し飲みだと思ってもらえばいいと思います。そして、文化的には日本で言うお茶よりももっと日常生活に密接に関係しています。たとえば、誰かの家を訪問すれば、基本的にはすぐテレレになります。会議のときもテレレ。移動するときも、テレレをするための一式の道具を持っていきます。農家だと仕事の合間に9時半ごろテレレをして、昼食前にテレレをして、午後3時か4時ごろにテレレをする。

都心部に関しては知りませんが、農村部で、あまり一人でテレレをすることはなく、基本的には輪になって、話をしながらテレレをします。客観的に見ると、テレレというのはコミュニケーションのツールであって、そこで同じ時間をすごしながら、いろいろな話を共有することが、とても大事なんだと思います。そして、誰かが家に来たら、とりあえず座って、テレレをすることがこちらの礼儀作法。

なので、赴任当初、初めて各家を回るときも、ほとんど警戒されることなく(家に男が不在の場合を除く)、普通にテレレが始まりました。そういう意味では、調査がやりやすく、かなり助かりました。都心部ではそうでもないようですが、自分がいる村では、塀がある家は少なく、加えて、夏場の暑さのためか、家もきわめてオープンなつくりになっています。

一方で、自分はというと、書類作成や活動の整理に加えて、読書をしたり、帰国後の進路の調査をしたりと、一人で集中してやる事が多い。そうなってくると必然的にテレレする時間も短くなるし、部屋に居る時間も長くなります。一方で、農家であれば、家の中でやる仕事なんてそんなにないので、ほぼ常に外に居ます。加えて、起床・就寝時間が違う。そうなると、かなり生活のペースが違ってきます。こちらの朝一の習慣、マテも逃してしまう。

あとは、何も用事もないのに人の家に行くことに今でも若干の違和感を感じるので、活動に関わりがなくて、ちょっと離れている家にしばらく行かない、ということが多い。そして、久々に行くと、「久々過ぎてもう忘れそうになったよ」とか冗談で言われます。

話を戻して、目的(2)を達成するためには、空き時間はひたすら人の家に行って、テレレしながら話をするのが有効的です。それでも、活動以外の部分では、自分の生活のリズムや、やりたい事とバランスを取りながらやってます。高校で初めてアメリカに行ったときは、どっぷり浸かるために、自分を曲げてでも溶け込もうとしました。だから、理解されず、理解できず、喧嘩したり、泣いたりってことがちょこちょこありました。が、今はおれはおれ、という感じである程度のところで割り切っています。こうやって人間は自己が確立され、頑固になっていくのかもしれませんね(笑)。

上の写真は、同期の隊員に村で性教育をやってもらった時の写真です。PTAが保守的なので、校長先生は生徒に対してしきりに、「この授業は、病気や妊娠に関して正しい知識を身につけるためのものなので、冗談でも親の前でセックスを勉強したとか言わないように」と言っていました。うちの校長なんとほぼ同い年!

2012年1月12日木曜日

電子書籍

最近、ちょこちょこ電子書籍を購入して、PCに落としているわけですが、正直言って、今のネット社会全般に比べると、日本の電子書籍ショップは著しく利便性が低い。

販売各社がそれぞれ異なるソフトを持っているので、違うサイトから購入するたびに新しいソフトをダウンロードしなければならない。

そして、検索。電子書籍で買える本の数がものすごく限られているので、キーワード検索しても、ほとんど読みたい本に行き着かない。なので、何か買いたいと思ったら、自分の興味のあるジャンル別のリストにいちいち目を通さなければならない。600冊って、一ジャンルの冊数としては少ないけど、1ページ10冊のリストで全部目を通すのはかなり時間の浪費だ。加えて、各社少しずつ違う電子書籍を揃えているので、それぞれ目を通さなければならない。本の数が限られているのは著作権の問題で出版社が消極的なのは分かるが、せめて、今ある本の中から読みたい本をパッと検索できるようにして欲しい。

電子書籍ではないが、オンラインショップの出現に押されて、アメリカ国内で2番目の規模を誇っていた書店チェーンのBordersが去年破産法を申請した。本屋でウィンドウショッピングをするのは楽しいが、本を読む人であればあるほど、いい本を見つけて、家に帰ってオンラインでより低い価格のショップを見つけるでしょ。もっとも勝○和代さんのように本を執筆していて、本は新品を買わないと著者に失礼、という人は別ですが、そんなにたくさんいないと思う。

そしていずれは、紙媒体自体がなくなるんじゃないか。まだまだ、紙の本のほうが読みやすいという人は多いだろうが、パソコンとともに育ち、スマートフォーンが普及しつつある今を生きる若者が、紙の本を好むだろうか。iphone、ipodに何千曲もの曲を入れて持ち歩いている人々が、一冊一冊紙の本を持ち歩くことを好むだろうか。都市部の朝の通勤ラッシュで、迷惑にならないように新聞を畳んで読んでいても、主要駅で乗客が降りるまで、同じ部分しか読めないよ。

遅かれ早かれ紙媒体は絶対に縮小していく。であれば、いち早くリスクをとってどんどん電子化した出版社が生き残れるんじゃないか。皮肉にも話題の本であればあるほど、販売開始後すぐに、オンラインで中古で販売されて、デジタル家電のごとく、どんどん価格が低下していく。だったら、ある程度のセキュリティーを設けて、後はリスクを計算して攻めるべきでしょう。

いずれにしても新興IT企業あたりに、ぜひ電子書籍ソフト(と端末)の一本化と、電子書籍の普及化のためのプラットフォームを作って欲しい。決済後、数秒でダウンロードできるんだから、読書好きな海外駐在員は発狂して喜ぶと思う。社長さんよろしくお願いします。

2012年1月9日月曜日

カネの感覚



正月明け、久々に家に帰ってくると、分蜂した蜂の群れが家の軒下に保管してある巣枠にぶら下がっているじゃないですか。けっこう大きい群れで、推定2,000匹くらいいるんじゃないかと思われます。どこから入ったのか、自分の部屋の中にも、蜂が十数匹死んでいました。そのままだとトイレにも行けないので、空いてる蜂箱に巣枠ごと入れて、おとなしくなった夜に森に持って行きました。

さて、自分は国の事業の中でパラグアイに来ているわけですが、公共の事業なので、当然国民の税金で来させてもらっているわけです。そんなに卑屈になる必要は無いと思いますが、それでも一般企業の感覚からはかなり違います。企業で働いていれば、当然毎年度予算を立てるわけですが、その予算は、使うための予算というよりも、むしろ稼ぐための予算。要は、これだけ稼ぐ予定なので、それを踏まえて、設備投資なり、採用活動をしよう、という指針みたいなもの。一方で、公共機関であれば、これだけの事業をするので、そのためにこのお金が必要です、というのが予算になる。

もちろん、違う世界なので比較して、どちらがいい悪いと言うつもりはないが、一般企業で、しかも営業や販売などのフロント業務に未経験で関わっていると、どれだけ稼いでくることが大変なのかがよく分かる。飛び込み営業して門前払いをくらうことなんて当たり前だし、売掛金の回収やら、契約後のトラブルなど、最終的に利益として確定させるまで予断を許さない。ベンチャー企業なんかだと、さらにシビアで、なりふり構わず、という言葉がよく当てはまる。管理業務であっても、コスト削減のシビアさが分かると思う。

そういうことを考慮すると、公共事業に関わる人間として、国民の血税でメシを食っている、という意識をある程度持つことも必要だろう。最初の頃は、稼いでいればある程度自由の利く営利組織での体質が抜けきらず、窮屈に感じたけど、このごろは納得です。

まじめな話になったので、最後にうちの子猫がカブトムシをいじくる様子と、うちの犬が庭に紛れ込んできた豚を威嚇するも威嚇され返す様子をご覧あれ。まじピースな週末だな。


 




2012年1月5日木曜日

エンジョイ
















あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします。年末年始というのは、みなさん仕事に区切りをつけて、忘年会やら新年会なんかがありますね。自分も年末年始と食べ、飲みすぎて、しばらくは断食・・・はしたくないので、自炊でコンディションを整えたいと思います。

食べ飲みながらも、年末には去る年の反省をし、年始には新年の抱負を立てる人が多いと思います。やっぱり自分のやっていることを一年という枠で整理し、立ち位置を見直すのにいい機会です。自分もやりました。

2012年は、自分にとって大きく環境が変化するであろう年です。そんな中で、いろいろとしたいことはあるわけですが、共通して言えることは、楽しむ、ということです。20代最後の年、パラグアイでの生活、帰国後の生活、仕事、私生活、などなどいろいろな枠の中で、楽しいこと、そうでないこと、あると思いますが、基本的には楽しむことを忘れないようにしたいです。楽しむことによって、新たな人やモノとの出会いがあり、その出会いに感謝し、その中で新しいアイデアが生まれ、そしてそれを共有する。逆に楽しんでいないと、新たな人やモノとの出会いが減り、新しいアイデアも生まれません。人生もう30年近く生きてしまったわけなので、ぐずぐずしている暇はありません。環境のせいにしている暇はありません。本気で楽しめる状態に自分を置こうと思います。

あとは、ブログをもっと頻繁に更新します(笑)。