2013年5月12日日曜日

デコボコな世界


トーマス・フリードマン氏は、2005年に出版した図書「フラット化する世界」の中で、グローバリゼーションの中で、企業、個人、政府にとって、先進国・途上国というアドバンテージ・ディスアドバンテージは消え、多くのチャンスが広がる一方で、過当競争にさらされると書いた。自分は、その本を2005年の年末にインドのゴアのビーチで読んだが、インドで働いていてまさにそれが実感できた。そのころインドは9%を超えるGDP成長率を達成し、好景気に沸いていた。IT企業の中で働いていたわけだが、その企業をはじめ、複数のIT企業が多くの若いインド人のエンジニアをかかえ、欧米の企業を相手にアウトソーシングサービスを提供していた。R&D部門を本格的にインドに移す欧米の会社も増えていて、単なるコスト削減ではなく、インドの優秀な人材を取り込む意図が伺えた。
一方で、リチャード・フロリダ氏は08年に出版された「クリエィティブ都市論」の中で、デコボコな世界を提唱している。世界中がつながることによって、クリエィティブな人材が一部の地域に集中し(クリエイティブクラスター)、その他、巨大生産拠点、メガシティ、地方部に分かれると言っている。クリエイティブクラスターは、分かりやすく言うと、シリコンバレーのようなもので、それが世界の多くの場所にできる。一方で、メガシティは、都市部を移住できるだけの所得を手にした地方部の人々が、都市部に流入する一方で、製造業・サービス業の自動化が進み、多くの職が失われる。住居や職の需給のバランスが著しく欠如し、スラム街ができ、貧困が顕著になる。それは、インドのムンバイ、ブラジルのリオでジャネイロといった途上国の街だけでなく、多くの先進国で見られる現象になると書いている。

日本の場合はどうだろう。日本で、国境を超えて同じ現象が起こるには、簡単に考えただけで、現状、参入障壁が3つあると思う。政策、文化、言語。政策は、政府が、自国の雇用や産業を守るために、移民に関する法律を厳しくしたり、海外の製品・サービスに関税をかける、国内には補助金を与えるということ。しかしながら、自国産業の国際競争力を促進し、国力を高めることも政府の責任。だから、ガチガチに守られた国内農業への打撃が見込まれても、TPPにも参加するんでしょう。そういう農業が変わらざるを得ないチャンスだと思う。文化は、いろいろあると思うけど、言わなくても察する文化や、技術は習うのではなく盗め、と言ったり、お客様は神といったような考え方。これも、技術進歩のスピードが上がり、盗んでいるだけの時間がなくなる一方で、工程はマニュアル化している。高度な技術は、そもそも日本国外の技術者とコラボレーションしながら進めるケースが増え、可視化せざるをえない。小売やサービス業も、マニュアル化が進み、現場の多くをコミットした正社員ではなく、アルバイトや派遣社員に頼っている。そもそも同じ日本人でも、世代や育った環境が違ければ、以心伝心はコミュニケーションのずれの原因でしかないはず。ということで、ホワイトカラーの仕事は、世界の優秀な人々との競争にさらされ、そうでない産業は、少子化の進む日本で、どんどん外国人を受け入れざるを得ない。

では、一方で、国際協力、途上国開発の業界はどうであろうか。どのような指標を使うにせよ、途上国の貧困の状態は改善の方向に向かっている。だから2015年以降は、MDGに掲げた項目を追いつつも、メインのテーマはサステイナビリティになっている。

そもそも、現在の援助は、第二次世界大戦後の復興に始まり、冷戦下、共産主義に対して民主主義の促進のために行われたわけだが、冷戦が終了した現在、そのようなルーツのある援助が続くだろか。貧困の問題は、表面的には分かりずらい要素が絡み合い、場所ごとに状況が違うので、grass-rootsのアプローチが推奨されているが、それであれば、先進国から、高給取りが途上国に出向く意味はあるのだろうか。全般的に途上国でナショナルスタッフやコンサルタントを雇ったほうがコストパフォーマンスは圧倒的にいい。なぜならば、現地で雇う場合は、現地の賃金レベルが適応されるから。そして、途上国にも高い教育を受け、優秀な人材は多い。そうなると、グローバルアジェンダに関わる政策立案者、高度な専門性を持つ研究者、慈善家(フィランソロピスト)、先進国で資金を集めるファンドレーザーなど限られた人々以外は、先進国の人間が関わるメリットがあるのかどうか疑問です。

では、国際協力・途上国開発という「業界」は衰退していくのか。そうはならないと思うが、他の業界と同じように、変化し、不要なものは淘汰されていくことは間違いない。じゃあ、そこに関わる人はどうしたらいいのか。絶対的な答えはないが、未来が不明瞭なのは何をやっていても一緒。その中で、自分で情報を収集し、自分で考え、何が正しいかではなく、自分なりの答えをだし、将来を見据えて、必要に応じて自己投資していく。

そもそもこの業界、日本の常識から考えたらありえないが、2、3年契約が主流なので、どこかの機関に継続して勤めようということは一般的ではない。でも、逆に、日本の常識ってなんなんでしょう?終身雇用を信じる人はもはや少ないと思うが、簡単には社員のクビを切れない日本の法律。そして、社員教育に費用をかけ、その会社のカラーで一から育てる企業。ひとつの企業で働き続けることを否定するわけではないが、20年同じ企業で働き続け、それでも、急に転職せざるを得ない状況になったときに、employabilityを確保することはかなりの意識がないと難しいと思う。超高齢化社会の日本において、10年後くらいまでには、65歳で完全に退職できるのは一部の人の特権になると思う。そうなったら、やりたいことをやろう、というのではなく、やりたい年齢までやろう(働こう)ということになる。今までは、60歳くらいまでに貯めたお金+退職金+諸所の年金で老後の生活の資金としていたが、そうでなくなる。高齢=高給という構図がじょじょに崩れ、65歳を超えてもパートタイムや非常勤という形で働かざるを得ない一方で、年輩の方々を雇い続けるコストが下がるので、より長く働くことが徐々に普通になると思う。

別にネガティブなことでもないし、恐れることでもない。ただ変化しているということであって、どちらかというとより自由で多様な社会になると思うので、見方によってはよりチャンスが増えるし、働き方もの多様化するでしょう。

と思いつくままにデータを使わず、自分の意見を書いてみました。

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